84 バーミリオンとナーディアの距離
イースデン公爵家からの帰り道、馬車の背にもたれて、バーミリオンは唇を噛んでいた。
ナーディアに会いたかった。
全てを壊したのは自分だと分かっている。
母親の不貞の現場は衝撃であった。
自分も不貞をしていたことに変わりはない。恋人がいるのを隠しもせず、ナーディアに2年以上見せつけて我慢させてきたのだ。
ナーディアの精神が錯乱してもおかしくない、嫌われて当然だ。
「ナーディア、ごめん」
バーミリオンにとって、恋人達に言う言葉は軽いものだった。好きだ、愛してる、と何度言ったかわからない。けれど、ナーディアには言ったことのなかった言葉であり、伝える事のできない言葉。
「愛してるんだ」
ナーディアがいないことが、こんなにも寒い。
「結婚が無くなるなんて思いもしなかった。僕はバカだ」
大事にしていれば、無くなることはなかった。
グランデの街で見かけたナーディアはヴィスタル侯子に頼りきっていた。身体を預け、潤んだ瞳で見ていた。見惚れる程、美しい令嬢だった。
優しいのも知っている。知識が深いのも知っている。
笑顔が可愛いのも知っているのに、もう何年も笑顔を向けられることはなかった。
婚約者が浮気を繰り返せば、笑顔なんてなくなる。
常に自分の容姿や衣装を優先していたヴィスタル侯子は、着崩れするのも気にせずナーディアを支えていた。
ナーディアは、ヴィスタル侯子に笑いかけるのだろう。
もしナーディアが婚約者のままで結婚に向かっていたなら、代官の横領も偽造紙幣も宰相とイースデン公爵が貴族達を取りまとめて、王家指導で捜査と処理ができただろう。
「ナーディア、ナーディア、ナーディア!」
抑えていた涙が流れる。
胸が苦しい。
決闘でヴィスタル侯子が亡くなったら、ナーディアは自分の元に戻ってくるのではないか?
バーミリオンに暗い想いが深まる。
決闘での死傷は事故だ。
バーミリオンが帰った後、イースデン公爵邸では高位貴族の集会が行われていた。
王妃の不貞、偽造紙幣が王家の私財にすり替えられていたことも、すでにイースデン公爵の耳には入っていた。
王妃の不貞の現場を見た人間が多すぎる、王妃の祖国との軋轢が生じるだろう。
偽造紙幣とすり替えて王家から流出した財産は、商人を通じて王妃の祖国に持ち込まれたのは間違いない。
商人単独でするには事が大きすぎる。
王妃の祖国で大量の武器が購入され、軍の整備が進んでいる情報もある。王妃の祖国は小国で、急に財政が豊かに要因はない。
「当家も調べましたが、幸いにして偽造紙幣はありませんでした」
「偽造紙幣でなくとも、国の貨幣としての紙幣の価値は暴落するでしょう」
「民衆に偽造紙幣が出回っていたなら、暴動が起こることもありえるでしょう」
全員の意見は、偽造紙幣の回収は不可で合致している。では、この国を護るにはどうしたらいいか?
イースデン公爵が口にしなくとも、誰かが言葉にする。
「王家は、ダルトン子爵に全ての罪を被せるでしょう。貴族が王家に損失を与えたと民衆に公表するかもしれません」
「ダルトン子爵程度で、偽造紙幣を掴まされた民衆が納得するはずがない」
「人身御供が必要なのは間違いない」
「王家が王妃の罪を隠すために、ダルトン子爵の黒幕に貴族の名前を挙げる可能性がある」
「王妃の罪を隠す必要性は、我々にはない」
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