79 次へと進む時
ナーディアは与えられた部屋で石を取り出していた。
たくさんの欠片を吸収して大きくなったはずだが、一回り大きくなっただけで重さもほとんど変わらない。
だから小さな袋に入れて、持ち運べる。
「アーニデヒルト様、先ほどはありがとうございました。
まだ力が戻ってないのに、会いにきてくれたのですね」
寝る前に石に話しかけるのが、ナーディアの毎日の習慣だった。アーニデヒルトが返事をすることもあれば、今日のように無言の事も多い。
ナーディアは石を袋に入れると、袋の紐を首から下げる。どんな緊急事態でも離さないようにする為だ。
ベッドに横になったナーディアは、すぐに深い眠りについた。
『おやすみ、ナーディア。良い夢を』
アーニデヒルトの声は届かない。
イレーヌはうなされていた。
「いや、止めて、許して」
首を振り、涙を流している。
「助けて、お母様、痛い!」
イレーヌの手をそっと握ったのは、屋敷に帰って来たユークリッドである。
「大丈夫だよ、もう怖くないよ。アイツはもういないよ」
トーマスに拘束された事で、昔のトラウマに囚われたのだろう。
「大丈夫だよ、イレーヌ」
名を呼ぶと、イレーヌはユークリッドの手を握り返してきた。
手からイレーヌの体温が伝わる。
「誰にも言えずに苦しんでいたのだね。よく頑張ったね」
ユークリッドはイレーヌの寝息が整うまで手を握っていた。
イレーヌを蝕む根深い恐怖。
表面上は繕っていても、心に残る傷は未だに血を流している。
ユークリッドは、イレーヌの手にそっと口づけをする。
「ゆっくりでいい、これからは二人で過ごす時の中で、過去は置いていこう」
イースデン公爵邸では、公爵とエルフレッド、アルチュールが密会をしていた。
「遺体は、王都を抜けて河に投げ捨てるように指示をしてあります」
アルチュールの報告に、公爵は頷く。
「ところで、ヴィスタル侯子から見て、トレファン侯爵はどう思う?」
ゼグウェイ・イースデン公爵の質問の意味を取り違えてはいけない、アルチュールはゆっくりと考える。
「信頼に値する人物だと思います。
そして、冷酷な面をお持ちであらせられる」
「そうか」
一言だけ言って、公爵は満足したようだった。
「ヴィスタル侯子、宰相から手紙がきていてね。
偽造紙幣、その取引先に王妃の母国があるそうじゃないか?」
ダルトン子爵邸から押収した資料の中に、取引先とみられるものがあった。
「偽造紙幣は、王家の国庫から発見されるかもしれないな」
王妃には母国から、多額の献上金が奉納されている。
王太子はナーディアに不誠実であった。それが王太子とイースデン公爵令嬢の婚約解消の原因で、アトラス王家と高位貴族の縮図でもある。
「さて、ナーディアの婚約解消の、慰謝料の支払いは本物の紙幣でされるだろうか?
偽造紙幣の鉱物インクは、水で変色するらしい。
宰相が立ち会うことになっている」
王国の紙幣は特殊な顔料を使っているため、独特な青色を出している。
その顔料に似た色を出すのが鉱物のインクなのだろう。
もし、王家の慰謝料が偽造紙幣であったら、局面は大きく変わるだろう、とアルチュールは思っていた。
偽造紙幣製造を知っている王と王太子が、紙幣のチェックをせずに支払うとは考えられない。
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