78 トーマスの最後
「垣根の隙間から庭に忍び込んだと?」
アルチュールはトーマスに侵入経路を尋問していた。
すでに大量の血が流れ、瀕死の状態のトーマスはアルチュールの言葉に頷いて答える。
痛みもマヒし、意識が朦朧としており、ごまかそうという意志は無くなっている。
「イレーヌの部屋に入るまでに使用人とすれ違ったりしたか?」
トーマスが頷くと、アルチュールの瞳が暗く光る。
不審者とすれ違いながら、使用人はそれを見逃したのだ。
よこからユークリッドが口を挟んでくる。
「きっと堂々と歩いたのではないか?
イレーヌの元婚約者だと使用人も知っているなら、何かの話し合いに来たと使用人に思わせたのではないか?」
ユークリッドは各地を回った経験で、知らない地でも堂々としていれば怪しまれないと知っている。
「イレーヌを苦しめることしかしない人間だが、悪知恵は働くのだろう」
だが、警備体制の不備は間違いない。
警備が手薄になる時間を狙って忍び込み、イレーヌの部屋に隠れていた。
トーマスの猿轡を外すと、かすれて力ない声で、トーマスが嘆願する。
「たすけて・・・たすけてくれ」
「イレーヌに一緒に死のう、と言ったらしいな」
言いながら、ユークリッドは怒りが再燃してくる。イレーヌを殺そうとしたくせに、自分は命乞いをしてくる。
「イレーヌと婚約解消になって惜しくなったか?」
今更だな、とユークリッドはトーマスの傷口をえぐるように言う。
「きさまが愚かで、イレーヌを手放すことになったのは感謝する」
どこに力が残っていたのかと思うぐらい、トーマスは暴れた。だが縛りが強く、呻き声と机がギシギシ揺れるぐらくぃだった、
「バカが!」
吐き捨てるように、ユークリッドがトーマスを見下ろす。
イレーヌが自分を好いていてくれるという傲慢が、イレーヌを失くしたのだ。
人は変わる。
従順に従っていたイレーヌはいない。
アルチュールは、トーマスに王太子の姿を重ねていた。
王太子バーミリオンは、トーマスのようなバカではないが、今になってナーディアに未練がましく花を贈っている。
トーマスの最後は、短剣で喉を斬られた。
イレーヌに傷がついたのと同じところである。
顔色一つ変えずにやりきるユークリッドがへんくつな学者、という噂程あてにならないと思うのだった。
ダルトン子爵邸を襲撃した時に、ユークリッドの剣の腕前は見ている。
鉱山を見て回るには、体力と鉱夫達を制する剣技が必要なのだと思ったが、拷問する姿は冷酷そのものだった。
アルチュールは、宰相やイースデン公爵が、次代の王に王太子バーミリオンではなく、ユークリッドを考えているのではと思うのだった。
ユークリッドは王の器を持っている。




