75 イレーヌとナーディアのケガ
王宮に向かった使用人はヴィスタル侯爵家の家紋の入った馬車で行ったので、王宮には問題なく入ることができ、家令からの至急の手紙を宰相室に届ける事ができた。
アルチュールは手紙を受け取ると部屋にいたユークリッドにも見せて、二人で馬を飛ばしてヴィスタル侯爵邸に急いだ。
侯爵邸に着いた二人が見たのは、警備の騎士に取り押さえられているトーマスと、ナーディアと抱き合って泣いているイレーヌだった。
「お兄様、ユークリッド様」
イレーヌが二人を見つけて、震えた声をだす。
まだ医師が着いていないのか、ナーディアがイレーヌの首にハンカチを当てているが血が滲んでいる。
ナーディアもスカートの裾が破れている。
「お兄様、私を庇って護衛が斬られたの、助けて。私はかすっただけだから」
「ああ、わかった」
アルチュールはイレーヌとナーディアをユークリッドに任せると、様子を確認する為に家令の元に向かう。
「イレーヌ、ナーディア、よく頑張ったね」
ユークリッドは二人の前に膝をつくと、他にケガがないかと注視する。
「伯父様、私はケガはないの。けれど、イレーヌの喉に短剣を当てられていたから」
ナーディアは自分が見た様子をユークリッドに説明する。
「ナーディアがトーマスの注意をひいてくれたから、私の拘束が緩めば、護衛が助けてくれると思ったの。
だって、グランデの街でイースデン公爵家の護衛が命がけで私達を守ってくれたから」
ユークリッドは、儚く笑うイレーヌの勇気に驚き、魅力に目がくらみそうだ。
「お嬢様、医師が到着しました」
家令が医師と助手を連れて、やってきた。
「私より、護衛の彼を先に診てもらって」
「大丈夫ですよ、お嬢様。他の医師が彼を診てます。アルチュール様が説明を受けてます」
家令の言葉に安心したようで、イレーヌが肩の力をぬくと、よろめく身体をユークリッドが抱き留めた。
その状態で、医師の診察が始まる。
ナーディアが押さえていたハンカチを外すと、イレーヌの首の皮が薄く切れていて剣がかすった程度の浅い傷で、滲んでいた血は乾いていた。
医師は丁寧に血をふき取り、傷を診察する。
「深くは傷ついていませんが、化膿しないように薬をお出ししますので、朝夜に包帯をかえてください。
首は痛みを強く感じる場所です。鎮痛剤もお出ししますが、休養を十分に取ってください」
イレーヌの傷を見て、ユークリッドは身体の芯から怒りがこみ上げてきていた。
貴族社会から遠ざかり鉱物研究に打ち込んできた自分が、イレーヌの事になると我を忘れてしまう。ユークリッドは、そんな自分を自覚していた。
、
ナーディアも転んでひねった足を診てもらうと、捻挫をしているということで薬を塗られて包帯を巻かれた。
「今まで夢中だったので、ご自身でケガに気づいてなかったようですが、今夜は腫れるでしょう。1週間ほど安静が必要です」
その時、アルチュールが戻ってきた。
アルチュールはナーディアの足に巻かれた包帯に目を細めた。
「ナーディア、ケガしてたのか!?」
「今になって痛みを感じるわ」
ナーディアもアルチュールを見て安心して、痛みを感じだした。
アルチュールはナーディアを抱き上げると、自分がソファに座り膝にナーディアを乗せた。
ナーディアは真っ赤になってアルチュールの肩を叩いたが、アルチュールは平然としている。
あれほど身だしなみを最優先していた人が、馬で駆けてきたため、髪は乱れ汗をかいているのを気にしていない。
この人、こんな人だったの!?
ナーディアの心の声が、イレーヌには見て取れた。
「イレーヌを庇った護衛のサリドナだが、意識もあって命に別状はない。先ほど縫合の手術も終わった。
イレーヌを守れたことを喜んでいたぞ」
アルチュールの言葉に、イレーヌは口元を手で覆った。
「よかった、よかった・・」
イレーヌを抱き寄せながら、ユークリッドはアルチュールに目配せした。
ー決闘など生ぬるかったー
簡単に死なせないぞ。
言葉が無くとも、男二人の意識は同じである。
まずは大事な女性を、安全な場所で保護しなければならない。
「イレーヌとナーディアは、しばらくトレファン侯爵邸で預かろう。ヴィスタル侯爵邸もイースデン公爵邸もしばらく騒がしいだろうからな」
ユークリッドの言葉にアルチュールが同意する。
「すぐに両親も帰って来るでしょうが、我が家は警護の見直しなどが必要です」
イースデン公爵家はナーディアの婚約解消以降、高位貴族の出入りが多く静養には不向きであると、ユークリッドもアルチュールも判断した。
ナーディアとイレーヌは政治状況が分かっているから、トレファン侯爵家が一番安全というのは理解できた。
読んでくださり、ありがとうございました。
ナーディアとイレーヌが変わったように、二人を取り巻く男性も変わってきてます。




