73 トーマスの執着
第一部隊の練習場で決闘がされることになったが、偽造紙幣製造の処理に時間がかかり、日程は未定のままだった。
その日は、ナーディアとイレーヌは王都の図書館にいた。
アーニデヒルトが姿は見せなくなる前に、北部に欠片があると言っていた。それを探すためも北部の事を調べようとしたのだ。
北部と言っても範囲は広い。
しかも、万年雪を頂にもつ山々がそびえたっている。環境の厳しい地域である。
「防寒具が必要ね」
「それと馬車をひく馬は、雪に耐える種類でないといけませんね」
二人でメモに書きだしていけば、すぐに空白がなくなる。
「こんなに沢山の道具は持っていけませんわ。絶対に必要な物を残して、あとは削りましょう」
そんなことをしていると、時間の過ぎるのは速い。
図書館を出たところで、イレーヌの足が止まった。
そこには、イレーヌの元婚約者トーマスがいたのだ。
「イレーヌ、どういうことだ。僕以外と婚約なんて嘘だろう?」
トーマスが近づくのを遮るように、護衛の騎士が間に立つ。
騎士を盾にして、イレーヌとナーディアは馬車に乗り込む。
馬車の中で顔色の悪いイレーヌの手をナーディアが取った。
「大丈夫よ。もう関係のない人よ」
「そうね」
イレーヌにはトーマスの脅しが本気だとわかっていた。
家の格式も財力も、ヴィスタル侯爵家の方が上だ。護衛もいる。
ナーディアの元婚約者の王太子は、体裁を気にして強くはでないだろうが、トーマスはそんな事を気にしない。
何をしでかすかわからない怖さがある。
それからトーマスは姿を見せないが、視線を感じる日が続いた。
イレーヌは外出を控えて、屋敷にいることが多くなった。
兄のアルチュールは、屋敷に寝に帰ってくるだけという忙しさであり、ヴィスタル侯爵夫妻が領地の視察に出かけると、屋敷にはイレーヌ一人の事が多かった。
使用人も警備の騎士もいるが、イレーヌは部屋に引きこもって読書や詩集をして過ごした。
ガタン、物音で振り返れば部屋の中にトーマスがいた。
「何年も婚約者として、ココに来てたんだ、警備の穴ぐらい知ってるさ」
「誰か!!」
イレーヌが叫べば部屋の外に声が届くが、素早くトーマスはイレーヌの腕を取り身体を引き寄せると、首元に短剣を当てた。
「道を開けろ!!」
トーマスは、駆けつけた護衛にさけんだ。
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