72 王の思惑と王太子の意志
「新しい婚約者だ。アレキサンドラ・ケルビッチ侯爵令嬢」
王は、バーミリオンの前に釣書を置いた。
大きく眉をしかめて、バーミリオンはそれを王に押しやった。
「アレキサンドラ嬢は6歳です。受け入れられません」
「私がお前を後発隊と共にグランデの街に行かせたのは、偽造紙幣製造という国をも揺るがす事態を確認することと、それを発見し制圧して国に貢献しているトレファン侯爵、イースデン公子との融和のためであった。
王家だけでは国は動かない、特に高位貴族の協力が必要だ。
その為の婚約だったイースデン公女と婚約解消したお前には、貴族との再構築が必要だったんだ」
王に言われなくとも、バーミリオン自身が痛感している。
「それを・・」
王は頭を押さえて言葉を止めた。
バーミリオンがグランデの街で言った言葉が、全てを台無しにした。表向きの事後処理は進んでいるが、王家と貴族の亀裂は広がっている。
『助けが来るまで時間があったのだろう?
守ってくれる護衛が死んでしまったなら、賊が女性にすることなど決まっている』
バーミリオンも本気で思ってたわけではない。ただ、ナーディアが他の男に頼っているから腹がたって、言葉にしてしまったのだ。
だが、絶対に言ってはいけない言葉だった。トレファン侯爵家、イースデン公爵家、ヴィスタル侯爵家を敵にまわしてしまった。
「お前が側妃に望んでいる娘に正妃は務まるまい。
高位貴族でお前に合う年頃の令嬢は、すでに婚約か結婚をしている。第一にイースデン公爵家に睨まれる覚悟で王太子妃を出してくれる家はない。
ケルビッチ侯爵家の令嬢は年齢が幼く、結婚までの長い間に王家と貴族間のわだかまりも少なくなっているだろうということで、了承を得たのだ」
王の言う事は理解できる、王太子の結婚は政治だ。
だが、バーミリオンはそれを受け入れられない。
アルチュールに支えられて歩くナーディアの姿が目に焼き付いている。
婚約していた時から思慮深く美しい令嬢だと分かっていた。それが退屈で結婚は揺るがないと思っていたから、遊びを楽しめたのだ。
気が触れたと聞いてたナーディアは、グランデの街でトレファン侯爵を助け、偽造紙幣発見に尽力したと言うのだ。
聞いた時は驚いたが、先行隊の第一部隊の騎士達が、突入の打合せでナーディアの的確な指示に感心したと言ってた。
婚約時代、ナーディアのそんな行動力を目にすることはなかった。
それを聞いてからは、さらにナーディアが気にかかる。
あんな男に渡してたまるか。
「決闘状のことだが、勝つな。
令嬢を貶めたお前が勝つことは許されない」
「父上、それは死ねということですか?」
バーミリオンは父の王に詰め寄った。
「勝たない方法など、いくつもあるだろう?」
王は椅子に身体を深く預けて、息を吐いた。令嬢の名誉を回復すればいいのだ、と暗に言う。
「ご令嬢には真摯に謝るつもりです。私の言葉は間違ってました。
けれど、ヴィスタル侯子の自慢の顔には傷がつくかもしれません」
ナーディアの結婚相手は私だ、力の差を見せつければあの男も逃げ出すだろう。
王太子として、軍の司令官となるべく剣技も訓練されたバーミリオンはほくそ笑んだ。
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