7 壁の中の石
「ヒンッ!」
イースデン公爵家の馬車をひく馬が甲高い鳴き声を上げて、身体を大きく跳ねた。動き始めた馬車は傾いて壁に激突する。
「ナーディア嬢!」
アルチュールは目の前で起こった事故に駆け出した。
イースデン家の馭者は馬を鎮めて馬車から離すと、お嬢様と叫びながら馬車に駆け寄って傾いた馬車の扉を開けている。その開いた扉からアルチュールが馬車の中に入ると、ナーディアが座席にしがみついていた。
「ナーディア嬢、おケガは?」
アルチュールはナーディアがケガをしている可能性があるため、そっと手を差し出す。
ゆっくりとアルチュールをみて、ナーディアは首を横に振った。
「大丈夫だと思いますわ」
アルチュールに手助けされて、自力で立ちあがり馬車から降りる。
外では馭者が真っ青な顔して頭を下げている。主家の令嬢にケガをさせたとなるとただではすまない。
「ジョゼフ、大丈夫よ。馬が何かで驚いただけで貴方のせいではないわ」
ナーディアが馭者の名を呼んで庇うように言うのを、アルチュールは驚きながら聞いていた。
高位貴族の令嬢は、馭者を叱責して罰を与えたり、解雇するのが普通だからだ。
ナーディアは馬車から降りて周りを見ると、馬車があたって一部が崩れた壁に近寄った。
「アルチュール様、申し訳ありません。我が家の馬車がヴィスタル侯爵家の壁を壊してしまったようですの。後日改めて修理の相談に家の者を来させますわ」
ナーディアが壊れた壁をなでるのがアルチュールには信じられない。
お茶会の間ヴィスタル侯爵家で休んでいた馬の暴走となると、ヴィスタル侯爵家で悪い物を与えられたと言われることだってあり得るのだ。
こんな令嬢だったか?
アルチュールの知っているナーディアは、妹の友人で公爵家の令嬢で王太子の婚約者だ。
高位貴族にしては大人しい方だが、それは使用人や平民に対して無茶は言わないだけであまいわけではない。
「すぐに医者を呼びます。少し休まれていきませんか?」
元々顔色が良くなかったのだ、ケガが無くとも馬車の事故で調子が悪いはずだ。さっきも壁のことろでふらついていたではないか。
アルチュールは大きな音で駆け付けて来た使用人達に指示を出し、客間の用意をさせる。
「いえ、早く家に帰りたいと思っております。ヴィスタル侯爵家の馬車をお貸しいただけませんか?」
ナーディアにこう言われては、アルチュールは引き留める訳にはいかない。
使用人の指示を変更して、馬車を用意させる。
すぐにヴィスタル侯爵家の馬車が馬車寄せに回され、ナーディアが乗り込むと馬車は静かに動き出し、ヴィスタル侯爵家の門を出てイースデン公爵家に向かった。
馬車の中でナーディアは手を握りしめていた。
うまくいった。
壁に傷をつけて、修理の時に石を抜き取ろうと思ったけど、石が埋まっている所が壊れたようで、石が表面に出ていた、
よろける振りをして、赤茶けた石を抜き取ったのだ。
早く、早くと頭の中に響いていたアーニデヒルトの声は、もう聞こえない。
掌を開くと、小さな赤茶色の石がある。
馬には、可哀想な事をした。
扉と反対側にある窓を開けて、動き始めた馬の足目掛けて馬車にあった本を投げたのだ。
低い位置だったから馭者には気づかれず、驚いた馬が暴走をした。
壁に傷がつけば修理と称して石を抜き取れると思ったが、まさか石が埋め込まれている部分が壊れるとは思ってなかった。
自室に戻って、アルチュールは鏡の中の自分に問いかける。
アルチュールの部屋は鏡がたくさんある。いつもは、自分の姿や衣類を映して堪能している。
「ナーディア嬢の様子は変だった。いつもの気弱な雰囲気がなかった。
それに、壁を触る様子も怪しかった」
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