68 ユークリッドの覚悟
高位貴族は財産に偽造紙幣が紛れる事をおそれて、華やかな催しを避けており、王宮も同様であった。
王宮では、宰相を中心とした事件の後処理に追われ、それどころではなかった。
王太子とヴィスタル侯子の決闘も延期されたままである。
だが、裕福な下級貴族を中心に夜会が繰り広げられていた。
「あいつの肌は吸い付くようで、男を離さないんだよ」
トーマス・ダフネア伯子が、イレーヌと関係を持っていたと触れ回っていた。
すぐにそれは面白おかしく着色され、ヴィスタル侯爵令嬢は男好きで誰とでも閨を共にすると噂になっていた。
アルチュールが気がついた時には、王宮にまで噂が届いていた。
「決闘する相手が一人増えたようです」
書類を片付けながら、アルチュールはユークリッドに告げる。
「醜いな」
言ったのはアルチュールではなく、ユークリッドだ。
「イレーヌ嬢は誇り高く美しい、元婚約者というのはクズだ」
ユークリッドはアルチュールからすれば、父親と同じような年齢である。グランデの街でのことで、イレーヌはユークリッドにとって庇護対象となったらしい。
側にエルフレッドがいて話を聞いているが、アルチュールの考えに気がついていた。
ユークリッドはエルフレッドの伯父にあたり、王位継承権もエルフレッドより高く、侯爵家当主であるが独身だ。
学者肌で偏屈な面のある伯父だが、イレーヌを気に入っているらしい。
「一度婚約解消をしたのに、ナーディアのように高位貴族の嫡男と婚約を結び直すのは珍しい例です。
有力な家系の適齢の男性は、すでに婚約者がいたり結婚しているからです。
そうなると、父親程の歳の男の後妻となるのが多くなる。前妻の子供がいるだろうから肩身が狭いだろう」
エルフレッドが淡々と言いながら、ユークリッドの様子を見ている。それにユークリッドも気がついている。
アルチュールが宰相室で執務をしながら話したのは、周りに聞かれる前提だ。
「妹は侯爵に懐いていたようだ」
「ほう、それは目出たいな」
口を挟んできたのは宰相である。
「トレファン侯爵家とヴィスタル侯爵家ならば、誰も文句をいうまい。
ヴィスタル侯爵令嬢は美しいからな、やっかみが多いだろう。守ってやらないのか?」
宰相も噂を耳にしていて、気になっていた。
「宰相!」
ユークリッドは声をあげるが、宰相が言葉を被せてきた。
「変な噂はご令嬢には辛いだろう。そんな噂の令嬢の結婚となると、条件はかなり悪くなるだろう。それこそ、祖父のような男と縁つくかもしれない。噂を流したのは復縁を望んでいる元婚約者だろう?それを見ているのか?」
宿に助けに行った時、イレーヌは自分に縋って泣いていたではないか。
噂に負けて元婚約者と復縁させるのか、あんなに嫌がっていたのに。
ユークリッドは苦笑いした。
「宰相にまで気づかれているとは、私もまだまだですね」
イレーヌは可愛い、噂から守るには自分と結婚すればいいのだ。
「ヴィスタル侯子、侯爵はご在宅か? ちゃんとした資格を持ってから、私がイレーヌ嬢を貶す噂を流した人間を始末するよ」
立ち上がってヴィスタル侯爵邸に向かうユークリッドである。
「僕も同行します」
アルチュールが後を追いかけるのを見送って、エルフレッドが溜息をついた。
「宰相閣下、あの二人、書類を放り出していきましたよ」
「仕方ないね。証言部分の記述はイースデン公子に頑張ってもらって、皆で紙幣の流出調査をまとめようではないか」
宰相は室内の補佐官達に声をかけた。
「決闘が2件になったからね、その準備も必要だね」
読んでいただき、ありがとうございました。
イレーヌも新しい婚約が成立しそうです。




