67 イレーヌの戦い
代官の横領に、偽造紙幣製造、宰相室は処理に追われた事務官達が寝る間もなく働いていた。
そんな中で、新しい戦力となっているのがユークリッドとエルフレッドである。
証言に来ていた二人を引き留めたのは宰相だ。提出された書類の分かりやすさで、二人の書類処理能力に目を付けたようである。
他国の大学に留学しているエルフレッドはもちろんだが、ユークリッドも学者肌である。
王都に戻ると、それぞれが新しい道を歩むことになったが、イレーヌもそうだった。
すぐに父親のヴィスタル侯爵に、婚約者との婚約解消を願いでた。
イレーヌの希望で結ばれた婚約であったが、ヴィスタル侯爵家に利益もなく婚約者の不誠実もあり、侯爵も継続はマイナスになると考えていたところだったので、すぐに婚約者の家であるダフネア伯爵家に通達がされた。
そして、イレーヌの婚約者のトーマス・ダフネアがヴィスタル侯爵家に訪ねて来ていた。
「婚約解消だと? そんなことが出来ると思っているのか?」
家の格式でいうとイレーヌは侯爵令嬢なので、伯爵家のトーマスより上だ。だが、ずっとトーマスがイレーヌを支配していた。
今までなら、イレーヌはトーマスに従っていたろう。だが、イレーヌは覚悟を決めたのだ。
「父からお話がいっていると思います。トーマス様とはご縁がなかったのでしょう」
「そんなこと言っていいのか? お前は他に嫁げる身体じゃないだろう。他の人間に知られたくはなかろう」
はは、と笑いながらトーマスはソファに深く身体を預ける。
トーマスは、結婚まではダメだと嫌がるイレーヌを無理やり抱いたのだ。
高位貴族にとって、花嫁の純潔は必要条件であった。
イレーヌは誰にも言えずに、トーマスに従うしかなかった。
トーマスとは婚約をしていて結婚するのが決まっており問題ないのだが、婚約解消となると話は違う。
婚約解消をしたら、イレーヌには高位貴族との結婚はないだろうし、あっても後妻になるぐらいだろう。
だから、トーマスはイレーヌに強くでて、浮気をしても平気だったのだ。
「トーマス様の不貞が原因ですので、ダフネア伯爵も納得されたと聞いております。
婚約は解消となったのですから、今後の私のことはダフネア伯子には関係ありません」
イレーヌは優しいトーマスが好きだった。だから父親にわがままを言って、婚約をさせてもらったのだ。
それがいつからか、トーマスは変わった。イレーヌを管理しだして、自分の所有物かのように扱った。
トーマスもイレーヌを好きだったのは間違いなかった。
イレーヌが自分の言葉に従うのが気持ちよかった。抱いてしまうと安心したのだ、これでイレーヌは自分だけのものだと。
目の前には美しいイレーヌがいる。絶対に離してやるものか。
「お前は僕に嫁ぐしかないんだ。今日は帰る。きっとお前から泣きついてくるだろう」
トーマスは立ちあがると、振り返ることもなく出て行った。
イレーヌは緊張していたのか、トーマスが応接室から出て行き扉が閉まると、大きく息を吐いた。
トーマスは、イレーヌが処女でないと言いふらすのだろう。
それは、イレーヌがナーディアの噂を広めたように。
自分がしたことが、自分に返ってくるのだ。社交界で噂がどれほどひどいか分かっている。
「ナーディアの噂は真実ではなかった。でも私は違う」
呟いてイレーヌは目を閉じた。
ナーディアは噂に耐えたわ。
私にも、きっとできる。耐えないといけない。
お父様には全部話したから。家には貢献できないけど、結婚できなくってもいいの。
読んでくださり、ありがとうございました。




