66 王太子バーミリオンの苛立ち
偽造紙幣製造の事件は、王宮に大きな衝撃を与えた。
王は状況を見て確認するようにと、後発部隊に王太子に参加させた。
王太子バーミリオンは、事の重大さは認識できていたが偽造紙幣など簡単に製造できるものではなく、王家と対立する高位貴族の策略ではとの疑いを持っていた。
報告をしてきたトレファン侯爵は王家の血筋だが、イースデン公爵家とも縁が深い。
ありもしない偽造紙幣で王家を翻弄して不安を高めて、人心を惑わせて王家への不満を増やすためかもしれない、という可能性もありえると考えたのだ。
ナーディア・イースデンとの婚約を解消した原因は、バーミリオンが側妃を望んだからだ。多大な慰謝料を要求されているが、不満を持ったイースデン公爵家が王家自体を揺るがそうとしていたら?
王家が偽造紙幣の捜査に入ったと知れたら、国民たちが手にしている紙幣が偽札の可能性があるとなり、暴動が起きる。
だが、グランデのダルトン子爵邸に着いて目に入ったのは、激しい戦闘の跡。
精鋭を集めた第一部隊の先行隊は死者こそいなかったが、大怪我の騎士もいた。そして、地下に続く廊下は血の海となっており、ダルトン子爵邸の用心棒であろう遺体がいくつも転がっていた。
それは、高位貴族による策略という疑いを否定するものだった。
そして、精密に刷られた偽造紙幣の大量の山。
これが、市場に出回る前に止めれてよかった、と心底思った。
地下の部屋には油にまみれた大きな印刷機、昨日今日で用意できるものではない。
過酷な労働を強いられていた平民達を保護しているのを見て、現実なのだと認識する。
すぐに同行させた医師達にケガをしている騎士の治療と平民達の診察を命じて、地下の製造場の視察に廻る。
「トレファン侯爵の姿が見えないが、どこで指揮をしている?」
先行隊と一緒にきているアルチュール・ヴィスタルもいない、戦闘でケガをしたのかと聞いたら、ベンベルグ隊長が答えた。
「トレファン侯爵は、イースデン公子、ヴィスタル侯子と共に宿に行かれました」
「この状況を放置して、宿で休んでるだと?」
怒りを通り越して呆れてバーミリオンが言った。
「いえ、血相を変えて向かわれたので、宿にいらっしゃるイースデン公女、ヴィスタル侯女に何かがあったのではと推察されます。
女連れだと油断させてダルトン子爵に近づいて、地下をさぐり偽造紙幣製造を発見したと聞いてます」
ベンベルグ隊長は、イースデン公女が王太子の元婚約者と知っているので、言いにくそうに続ける。
「王宮にいらっしゃった頃は大人しいご令嬢と見てましたが、宿の打合せでお話をいたしましたところ、イースデン公女がダルトン子爵を不審に思い、探りを入れていたようです。じつに聡明で」
そんなはずはない、あいつは綺麗なだけの大人しい人形のような女だった。
婚約解消から何度となく感じるナーディアの違和感に、バーミリオンが苛つく。
馬車が着いたとの知らせが入ったので子爵邸の玄関に行くと、ナーディアがアルチュールに支えられて馬車から降りてくるところだった。
憔悴した様子に、周りの騎士からも心配の声があがる。それほど、ナーディアもイレーヌも儚く美しかった。
汚れてはいたがドレスに乱れはなく、弱った姿であるが瞳は力強く、惹き付けられた。
なにより、バーミリオンを焦燥にかりだしたのは、ナーディアが全身で頼るようにアルチュールに身体を預けている事だった。長い婚約期間であったが、そんなことされたことない。
そのまま休ませようと離れていくから、思わず言ってしまった。
「婚約を解消したとはいえ、王太子の私が来ているのに挨拶もなく立ち去るというのはいかがなものか」
ユークリッドが反論するから、苛立ちはつのる。
「はっ!?
助けが来るまで時間があったのだろう?
守ってくれる護衛が死んでしまったなら、賊が女性にすることなど決まっている」
ナーディアに言ったんじゃない、ナーディアが頼る男達に言ったのだ。
ナーディアが頼っているのが自分だったなら、抱きかかえて休憩所まで運び、ゆっくり休ませるのに。
バーミリオンは、アルチュールからナーディアを奪い返したい自分がいることに気がついていた。
バシンッ!!
アルチュールが手袋を投げつけてきて、バーミリオンはアルチュールを睨む。
決闘だと、上等じゃないか。
宰相補佐の文官に力の差を見せてやる。
王都に帰還して王に報告していても、バーミリオンは興奮していた。
アイツをボロボロにしてやったら、ナーディアはどうするだろう?
ナーディアと婚約解消する原因になった恋人のルシンダのことなど、頭の隅にもなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
バーミリオンは、ナーディアからの婚約解消で執着がでてきました。




