62 処理が始まる
屋根裏から降りてナーディアとイレーヌが見たのは、血の海とそこに横たわるボロボロになったたくさんの遺体であった。
声もなく、イレーヌが膝から崩れ落ちるのをユークリッドが抱きかかえる。
アルチュールに支えられながら、ナーディアはゆっくり歩く。処刑されるのを何度も夢で経験したが、現実を体感して飛びそうになる意識を引き留めるので精一杯だ。
亡くなった護衛は別の部屋に運ばれていて、エルフレッドが待っていた。
エルフレッドがイースデン公爵家の嫡男として、護衛二人の遺体に祈祷をし、哀悼に意を表した。
「その勇気に敬意と感謝を」
「ありがとう、貴方達が守ってくれたから逃げれたの」
ナーディアとイレーヌが手に持った花を、彼らの胸にそっと供える。
この後、遺体は布に包まれ、王都に送られて家族の元に返される。
泣いても彼らは生き返らないって分かっていても、涙が止まらない。
ナーディアとイレーヌは嗚咽を抑えきれず、身体の震えが止まらない。
「ご迷惑をかけて・・申し訳ありません」
イレーヌがユークリッドに泣きながら謝ると、ユークリッドはやさしく微笑んだ。
「迷惑などと思っていない。あんなに怖い思いをしたのだから当然だ。もっと私を頼ってほしい」
イレーヌは身体の力を抜くと、支えてくれているユークリッドに身体を預けた。
アルチュールは腕の中で泣いているナーディアの体温を感じていた。
生きている。
アーニデヒルトの言葉を聞いて宿に駆け付けた時の光景に、身体の力が抜けたような気がした。ナーディアが生きてないのでは、と思った恐怖。
屋根裏で姿を見つけた時の歓喜。
河原で見かけた姿に、目が離せないと思った。
今は、それだけじゃない。
「トレファン侯爵! 後発部隊が到着しました」
第一部隊の斥候の騎士が、宿の惨状を見て驚きを隠せない。
「侯爵閣下、ご無事ですか!?」
階下から階段を駆け上がって来る足音が焦っている様子を表している。
「大丈夫だ」
ユークリッドが背中にイレーヌを隠して、騎士に向き合う。
「バーミリオン王太子殿下が後発隊を率いて到着しました」
その声に、アルチュールの腕の中のナーディアがピクンと跳ねた。
ナーディアが見限っただと知っていても、それがアルチュールには面白くない。
いまさら安全になってから王太子が来ることも、さらに腹立たしい。
「わかりました。殿下をお待たせするわかけにはいきません、すぐに参ります。
君はこちらの様子を先に戻って伝えてください。賊が令嬢を攫いに押し入ったが、無事に保護したと」
ユークリッドの返事を持って、騎士はすぐにダルトン子爵邸に戻っていった。
「なに、令嬢達が!?」
宿から戻った騎士から惨状を聞いて、ベンベルグ隊長が声を荒げた。
同じように聞いていたのは、バーミリオン王太子である。
「令嬢?」
「はい、トレファン侯爵とイースデン公子の男だけでは警戒されるということで、イースデン公女とヴィスタル侯女が同行されているのです。
ご令嬢達がダルトン子爵の気をひいている間に、トレファン侯爵とイースデン公子が探って偽造紙幣の印刷を見つけたと聞いてます。
じつに勇敢で美しいご令嬢です」
昨夜到着した第一部隊はナーディアとイレーヌからも話を聞いて、ベンベルグ隊長は二人を褒めたたえる。
勇敢?
あのナーディアが?
バーミリオンは、イースデン公爵家に娘はナーディアしかいないはずだと思いながら、元婚約者を思い出す。
たしかに美しい令嬢だが、淑女として育てられ大人しく面白みのない、気が触れるような弱い女だったはずだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
バーミリオンが再度登場です。




