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6 ヴィスタル侯爵家の屋敷

王宮に登城しないが、社交はしなければならない。

ナーディアは、友人であるイレーヌ・ヴィスタル侯爵令嬢の茶会に来ていた。

ドレスの隠しにはレースの巾着にいれて石を持って来ている。帰りに河原に行くつもりでいるからだ。


集まった令嬢達の話題は、王太子殿下とその恋人のことである。婚約者のナーディアがいることもあって、王太子殿下に友好的な意見はない。どこで調べたのか、王太子殿下の恋人の欠点ばかりを言い合っている。高位貴族からすればマナーが劣っているのは間違いないが、悪意を持ってみた意見が多い。

今までのナーディアは彼女達に同意することはなかったが、止める事もなった。穏やかに微笑んで聞いていた。

だが今は、無駄な話を聞くより早く河原にいきたい。

それにヴィスタル侯爵家に着いてから、気持ちが落ち着かないのだ。


「イレーヌ様、少し体調がすぐれないみたいなのでお(いとま)させていただきますわ」

タイミングをみはからい、ナーディアは主催者のイレーヌに声をかけた。

イレーヌは立ちあがり、公爵令嬢であり王太子の婚約者のナーディアに礼を取る。

「それは大変ですわ。すぐに馬車を回すように手配しますので、少しお待ちください」


茶会に出席の令嬢達は自家の馬車で来ているが、茶会の間は屋敷の裏で馬を役ませている。イースデン公爵家の馬車も馭者に声をかけて、表玄関の車寄せに馬車を回さねばならない。イレーヌが侍女に指示をだしたので、すぐに馬車の準備ができるだろう。


「皆さまはどうぞゆっくりなさって」

ナーディアが席を立つのと、イレーヌの兄が来たのは同時だった。侍女から客である公爵令嬢の体調がおもわしくないことを聞いたのだろう。

イレーヌの兄、アルチュール・ヴィスタルは侯爵家の嫡男で美男子で有名である。

きめ細やかな肌、少しカールのかかった艶のある髪。

何より顔のパーツが完璧である。それでいて文武に優れており、唯一の非は自分を大好きな事を隠そうとしないとこだろう。

「ナーディア嬢、車寄せまでお送りします」

アルチュールが腕をさしだすと、ナーディアはエスコートされるべく手を添えた。

そっとアルチュールをうかがうと、アルチュールは優しく微笑む。


それでナーディアが頬を染める段階は過ぎている。それなりに付き合いがあると、自然に分かってしまうのだ。

アルチュールは今、令嬢を完璧にエスコートする自分って美しい、と思っているに違いない。


「顔色がよくないようですね。少し休まれてから馬車に乗った方がいいのではありませんか?

イースデン公爵家には、こちらから連絡を入れますよ?」

アルチュールはナーディアを(のぞ)くように身を(かが)め、いつもは王太子の婚約者として(りん)としているナーディアの様子が違う事に気がついた。

多くの女性と浮名を流す王太子の婚約者として尊厳を崩さないイースデン公爵令嬢の姿に、アルチュールはナーディアを認めていた。

最近の王太子は一人の女性を身近に置いていて、貴族の間で不信をかっている。

アルチュールは、王太子が婚約者をおざなりにする行為は美しくないと思っているので、ナーディアのことが気にかかる。


ナーディアが足を止めたので、アルチュールはナーディアの視線を追うが、車寄せの壁があるだけだ。


ナーディアは壁の一点を見つめていた。

あった・・・。

壁に小さな赤茶色の石が塗り込まれている。

『早く取り出して』

頭の中に響くのは、アーニデヒルトの声。

『早く、早く!』

うるさい、と叫びそうになって、ナーディアは口元を手で(ふさ)ぐ。隣にはアルチュールがいるのだ。

だが、どうやってあの石を取ろう?

馬車を壁にぶつけて傷を付ければ、修理という名目で壁から石を取り出せるのでは?

今するしかない。

「アルチュール様、ご心配をおかけしました。大丈夫です、馬車で帰れますわ」

馬車に乗り込んだら壁にぶつけようと思いながら、ナーディアはアルチュールに礼を言う。


アルチュールはナーディアが馬車に乗るのを確認して一歩下がると、イースデン公爵家の馬車は動き出した。



ヒーローがやっと登場しました。ですが、すでに残念な人扱いをされています。

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