59 兄の想い
ダルトン子爵邸では制圧後の処理に追われていた。
後発隊が到着するまで捕縛した者達を監視せねばならないが、押収した偽造紙幣の保存、保護した平民の管理、証拠物件の調査、ケガをした騎士の手当てなど、人手が圧倒的に足りない。
『・・て』
何かが聞こえた気がして、アルチュールは周りを見た。
ユークリッドの指揮のもとに、エルフレッド、第一部隊が動き回っている。
『・・って』
かすかだが声が聞こえたのだ。
『・・たすけて』
「アーニデヒルト様?」
アルチュールが応答しようとして、エルフレッドと視線が重なった。
「聞こえたな?」
エルフレッドがアルチュールに確認する。
「はい、アーニデヒルト様はナーディアと一緒にいるはず」
アルチュールの返事は、まさかという思いを表している。
「ベンベルグ隊長、しばらく任せた。宿に戻る」
走り出したのはユークリッドである。
アーニデヒルトの姿を見た3人に声が聞こえたのだ。ユークリッドの後をアルチュール、エルフレッドが追う。
馬に飛び乗り、騒ぎに集まって来た野次馬を掻き分けて爆走させる。
アーニデヒルトは、ナーディアとイレーヌの危機を知らせたに違いない。
何かが起こっている。
焦る気持ちが、宿までの距離を遠くに感じさせる。
宿に着くと開け放たれた扉を不審に思いながら、階段を一気に駆け上がる。
ナーディアとイレーヌがいるはずの部屋が見えて、息を飲んだ。そこは血の海だった。
賊とみられる男達がこと切れて転がっていた。
「ガビドー!」
エルフレッドはその中に、ナーディアにつけているイースデン公爵家の護衛を見つけ駆け寄ったが、すでに息はなく全身傷だらけで、ナーディアとイレーヌを守るために戦い抜いたのが見て取れた。
「二人とも・・ダメだった。ここに倒れているのは賊が7人。他にも賊がいるのだろう。
ナーディア達を探すんだ」
アルチュールがナーディアとイレーヌの部屋の前で倒れている人間を確認したと、近寄って来た。
イースデン公爵家の二人の護衛は、ナーディアとイレーヌを守る為に最後まで戦ったのだ。
開け放たれた扉の中に、ナーディアとイレーヌの姿はない。護衛が守り通したら、ここに二人はいるはずなのだ。それがいないとなると、逃げたか、攫われたか。
部屋の中には点々と血が落ちており、それが賊の血か、ナーディア達の血かはわからない。
ユークリッドは拳を握りしめて立っていた。
馬車の中でのナーディアとイレーヌの姿が思い出される。今、どれほど心細い気持ちでいるだろう。
「アーニデヒルト様、二人はどこですか?」
アルチュールが空に向かって問いかけるも、返事はない。
ダン!
突然、ベランダの扉の影から男が剣を振り上げて襲って来た。
エルフレッドはそれを避け男を足蹴りにして剣を弾き飛ばすと、床に突き倒して羽交い絞めにする。
「妹はどこだ?」
無言を通す男に、さらに力を入れて絞めつける。
「うわぁあ、しらない、俺らもわからない」
男は涎を垂らしながら、息も絶え絶えに言う。
「お前らは何人だ?」
ググッ、エルフレッドの絞めに男の身体がピクンとはねる。
「・・11」
男が答えたので、エルフレッドは絞めを緩め、男が息を吸った途端に首を強打した。男は泡を吹いて意識を失った。
「この男には、後でいろいろ聞くことがある」
エルフレッドは立ちあがると、男を足で転がした。男には斬られた傷があるらしく、床に血の跡が着く。
「後3人が残っているってことか」
ユークリッドが乱れた室内を見ながら、状況を確認する。
この男がいたということは、二人はまだ攫われてなく、探している可能性が高い。
宿が静かだ。ユークリッド達が来たことがわかって賊達は潜んでいるのだろう。
エルフレッドとアルチュールは、怒りで目が血走っている。
安全のために、宿に妹を置いて行ったのだ。その妹が賊に襲われ行方不明だ。
一刻も早く、妹を助け出したい。
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