58 ナーディアとイレーヌの逃走
「うわぁ!!」
扉の外から怒声と激しくぶつかる音が聞こえて、ナーディアとイレーヌはどちらからともなく駆け寄り手を握った。
ドン!! ガッシャン!!
「たった二人だ!」
「通させるか!!」
ガンッ! ガンッ!
扉の外から、ナーディアに付けられたイースデン公爵家の護衛が格闘している音が響いてくる。
賊が宿に潜入したのだ。
何がどうなっているかわからない。
「お兄様達は? 失敗したの?」
震えるイレーヌがナーディアにすがりついた。
宿で待っているナーディアとイレーヌには、ユークリッド達からの連絡はなく、ダルトン子爵邸の様子を知らない。
ダルトン子爵がイレーヌを手に入れようと破落戸達を手配していた、などと知るよしもなく、ユークリッド達が出立した後、数時間してから賊が乱入というのは、ユークリッド達が失敗してナーディアとイレーヌを捕まえに来たと考えるのが自然である。
「イレーヌ、こちらに」
「ナーディア?」
「お兄様達が失敗したかは分からないけど、私達が捕まれば人質にされて、お兄様達が不利になるわ。逃げましょう」
ナーディア達がいるのは3階の部屋だ。その窓から身を乗り出して、ナーディアは様子を見る。
「アーニデヒルト様、逃げれる道を教えて」
ナーディアの声に答えるように、アーニデヒルトの声がナーディアの頭に響いた。
『ベランダが隣のベランダと引っ付いているから、乗り越えて、隣の隣の部屋に行って』
ベランダの隣り合わせになっている手摺を乗り越える、と簡単に言うけど、淑女教育をされているナーディアとイレーヌには想像を絶する恐怖だ。
ナーディアが手摺を乗り越えようとして躊躇しているのがわかったのだろう。
イレーヌがナーディアの隣から手摺を乗り越えた。
「私がナーディアをお守りします」
イレーヌはナーディアに向かって手を差し出した。
イレーヌだって怖くて仕方ない。けれど、ナーディアを守るという使命がある。
「ありがとう」
ナーディアはイレーヌの手を取り、手摺りを乗り越えた。
さらに隣のバルコニーに向かう前に、ナーディアは後ろを振り返った。
イースデン公爵家の騎士が自分達を守って戦っている。
どうか、無事でいて。
隣の隣の部屋のバルコニーの鍵はかかってなかった。リネンなどを置くストックルームのようだ。小さな部屋は両側に棚が並んでいる。
『天井に取っ手があるから、そこを開けて壁にある梯子で登るのよ』
アーニデヒルトの言う天井の取っ手をナーディアは指差した。
ナーディアが棚を支えて、イレーヌが棚を足台にして取っ手のついた天井板を開けて梯子をかける。
無我夢中で梯子を登ると、そこは屋根裏部屋だった。古い道具が置いてある。
梯子を引き上げて、板を閉めた。そこに屋根裏部屋に置いてある道具や家具を移動させて、板が開かないよう重しにする。
大きな物音がしたが、廊下では剣で打ち合いをしているので、その音にかき消された。
ナーディアとイレーヌは屋根裏部屋に座り込むと、恐怖で震える身体を抱きしめて息を殺す。
護衛達が命をかけて、自分達が逃げる時間を稼いでいるのだ。
やがて討ち合いの音が止むと、扉が大きく開かれる音がして靴音が響く。
「女がいない! 女はどこだ!?」
「ちきしょう! 女が逃げた! 探すぞ!」
「ベランダの扉が開いてる、ベランダから逃げたんだ! お前は下を探せ」
「女の足だ、遠くに逃げてない」
宿は貸し切りになっているので、他の客はおらず騒動に気づく者はいない。
宿の主人夫婦と使用人達は、破落戸が押し入ってきた時に、食堂の厨房に逃げて隠れていた。
読んでくださり、ありがとうございました。




