5 公爵家の父と娘
向かいに座る娘をみて、公爵は信じられない気持ちでいっぱいである。
深窓の姫君として蝶よ花よと育て、従順な娘のはずだ。
それが、家出をしようとするなど想像もつかなかった。
それほど王太子との婚約に追い詰められていたのか。
たしかに、婚姻前から側妃候補を挙げるような王太子の行動は褒められたものではない。それどころか、側妃にもなれない身分の女性を手元に置いていると聞いている。
我が公爵家の貴族の取りまとめがなければ王太子の立位に問題はなくとも、国政に支障が出るであろう。
たくさんの側妃をたてて、その実家の支援で数を扱えばいいのだろう、ということにはならない。だからこその政略結婚なのだ。
公爵の返事は、ナーディアが期待したものではなかった。
「わかった。だが、婚約解消は難しいだろう」
王太子が娘を大事にすれば政略の意味があるが、こちらだけが支援するのは不利でしかない。娘を人質に取られるのと同じであるが、王家と貴族が対立するようなことになってはいけないのだ。
公爵家の役割がある。
家の為に嫁ぐのが貴族の娘の定めだが、公爵はたくさんの女性と懇意にしている王太子に傷つけられたナーデイアが何をするかもわからないと危惧をしはじめた。おとなしい娘が家出するほどなのだ、今までずっと我慢してきたのだろう。といっても、王家との婚約が簡単に解消できるものではないことも確かなのだ。
だからこそ、王太子は安易に婚約者以外の女性と懇意にしているのだろう。それが腹立たしくもある。
王太子を見限ったナーデイアだが、ナーデイアを大きく変えたのはギロチンが落ちてくる悪夢だ。
仰向けなので、ギロチンの刀が落ちてくる恐怖。喉に刀の感触。
このまま結婚をすれば、悪夢と同じことになるという切迫感。
父親に睨まれても、恐ろしいとは思わない。今回のはバレてしまったが、今度は密かに準備をしよう。
まずは、悪夢のせいの睡眠障害を克服するために、石を集めようと心に決めた。
父親は家族には優しいといっても威厳があり、ナーデイアにとっては公爵家家長として逆らうなど思いもしない相手であったが、今は違う。
「分かっています。婚約を解消できるなど思いもしなかったので、家を出るしかないと覚悟したのです」
実際に荷造りして、後先考えずに飛び出そうとしていたのだ。
けれど、家出が見つかり婚約も解消できないとなると、別の方法を考えねばならない。まずは、安眠の確保と、ほとぼりが冷めるまではおとなしくしていよう。
「お父様、王宮に登城するのをしばらく休みたいです。私に考える時間をください」
決意を秘めて、ナーディアは顔をあげた。今までの自分なら、父の言葉に歯向かうなどできなかった。
このままだと寝ることもできず、ギロチンの未来がみえるのだ、父に従うわけにはいかにない。
公爵は、娘が反論したことに驚いていた。
公爵家の娘として、王家に嫁ぐのを受け入れていたはずなのだ。
今回は家出を未然に防げたが、護衛を増やした方がいいだろう。大事な娘だが、国の安定が貴族の務めだ。
王太子がナーディアと結婚し、外戚として自分が意見を出来るようになれば娘を蔑ろにはできないだろう。
「わかった。それは私から陛下に進言しよう」
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