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49 イレーヌの勇気

「旦那様、トレファン侯爵様が助手の方をお迎えに参られてます」

使用人がユークリッドの来訪を告げた。


ダルトン子爵は少し眉をひそめたが、すぐに立ち上がりイレーヌを先導するように歩く。

二人が探っている間、ダルトン子爵を引き留めておく役のナーディアとイレーヌだが、変装していても顔を知られているナーディアが全面にでることはできず、イレーヌが主に対応をしていた。

イレーヌはアルチュールの妹だけあって、美しさは別格だ。兄のアルチュールが規格外の美貌で隠れているがヴィスタル侯爵家は美しい家系なのである。


平民を見下すダルトン子爵も、イレーヌの美しさには特別対応だった。

「侯爵の手伝いは大変でしょうに」


「私達は、書類関係ばかりですので力仕事はないのです。閣下は貴重な鉱石の採集をされるので、私達もやりがいがあります」

イレーヌが微笑めば、子爵は手を打って、素晴らしい仕事だと褒め称える。



名残惜しそうな子爵を残して、ナーディアとイレーヌが馬車に乗り込むと、イレーヌはズルズルと椅子に崩れ落ちた。

「怖かった・・」

身体はブルブル震え、顔色は悪く、耐えていた涙が頬をつたう。


ナーディアはイレーヌに駆け寄ると身体を抱きしめた。

「私を庇ってくれて、ありがとう。

伯父様達が屋敷を探る間、ダルトン子爵を引き留めてくれてありがとう」


「勇気あるご令嬢だ。おかげで重大な事がわかった」

ユークリッドの言葉にイレーヌが顔を上げる。


馬車にはユークリッドとエルフレッドが乗っているが、二人とも(ほこり)臭く、髪も衣服もボサボサである。

疲れた顔をしていて、大変だったと(うかが)い知れる。

「ナーディア、宿に戻ったら聞きたいことがある」

兄のエルフレッドは視線をナーディアから動かさない。


いつも優しい兄だが、今は違う。

ナーディアも覚悟を決めて頷いた。

元々壊れていない馬車だ、すぐに宿に着いた。

ユークリッドとエルフレッドは先に湯を浴びるから、と夕食で会うことにして、ナーディアとイレーヌは宿の部屋に入った。


街で一番の宿なので、ベッドもリネンも質のいいものが使われている。

部屋にはベッドが二つと、ティーテーブルと椅子が二つ、クローゼットが一つ。

ナーディアはイレーヌをベッドに腰かけさせると、自分は向かいのベッドに座る。


「改めて言うわ、ありがとう、イレーヌ。私は座っているだけだった」


「いらっしゃったから、ナーディア様がいらっしゃったから、私が守らないとと思って」

馬車の中で止まった涙がまた流れ出して、イレーヌは子供のように両手で涙を(ぬぐ)う。


「また、様が付いている」

ナーディアはイレーヌに笑いかける。

ダルトン子爵邸の応接室で、自分がイースデン公爵令嬢だと目の前のダルトン子爵がいつ気付くかと気が気でなかったが、ナーディアを隠すようにイレーヌが身体を傾けて前にでるのに気がついた。

悪い噂を広めたイレーヌに腹がたったし、悲しかった。もう友達ではないと決別したつもりだった。

それがアルチュールに言われたからと、イレーヌが訪ねてきて謝罪をしても信じられなかったけど、今の様子をみると、心から反省しているようにみえる。

アルチュールは、どれだけ妹に厳しく言ったのだろう、と不安にさえなる。


「はい、ナーディア」

部屋の窓から夕陽が射し込んで、涙の止まったイレーヌの貌を照らす。


「綺麗」

ナーディアから思わずこぼれ出た言葉に、イレーヌが窓を振り返った。

「はい、綺麗ですね」


「私、自分がこんな事ができるなんて思ってなかった。

お兄様に比べて、何もかも劣っているから」

イレーヌの言葉に、容易にアルチュールの言動が想像できるナーディアである。





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