40 港街との別れ
ナーディアは紙に王太子の名を書いている。
王太子ともう一人の名があるのを見て、アルチュールが首をかしげる。
「ダルトン子爵?」
「テトを馬車で轢いた男です。
これは、許せない人間のリスト。
イースデン公爵家に恩を売る為に、私に罪をきせるつもりだったなんて、王太子殿下を許せるわけないです。絶対に後悔させたい」
王太子と婚約解消して冤罪をかけられる未来がなくなったと思っていたのに、結局冤罪をかけられるなんて。
「ナーディアは、いい王太子妃になると思ってた」
アルチュールが言えば、ナーディアも返す。
「私も、そうありたいと思ってました」
「誰が考えても、イースデン公爵令嬢は未来の王妃として最良の候補だ。
前王の時代、民への搾取の強化、伝染病への無策、民は暴徒化し王都だけでなく各地で反乱が起こった。
私財を投じて薬剤の供給、食料の配布、農地の技術指導をしたのはイースデン公爵家、それに準じた高位貴族の家だ。
イースデン公爵家の圧力で王家は民への税率を下げ、生き残った。だが、国の求心力はイースデン公爵家に移った。
ナーディアの兄君のエルフレッド公子は留学という名目で諸国漫遊をして、各国指導者と交友を深めている」
エルフレッドの名が出たことで、ナーディアが眉をひそめる。
「王太子殿下と信頼関係が築けたなら、兄も王家の為に尽力したと思いますわ。
けれど、私には殿下を引き留める魅力はなかったようです」
今更、王太子に未練はない。
悔しさはあるけれど、確かにあったはずの愛情は微塵も残っていない。
「僕は、イースデン公爵令嬢は家の指示に従順で、王太子殿下との婚約期間も長く、王太子殿下の女性関係など気にしないと思ってた。いつも凛として穏やかだった。
貴族として家長や嫡男の僕達には、娘や姉妹は政略が大事にされる嫁ぎ先という考えだ。その為に大切に育てる」
「そこに私達の幸せがあるとは限らない」
ナーディアは自身の体験だけに偽りない言葉である。
「僕は、あのバカ王太子とは違って、政略の意味を分かっているし、信頼を得たいを思っている」
「王都に帰る馬車に乗る前に、港を見に行きたいわ」
アルチュールの言葉には答えずに、ナーディアは話を逸らす。
アーニデヒルトの欠片の石を拾い終えたので、これから王都に帰る予定なのだ。横領の件は、宰相に任せることになっている。
アルチュールが息を吐くと、手を差し出す。港までエスコートするつもりなのだろう。
ナーディア がその腕に手をかけたタイミングでアルチュールが言う。
「第一にナーディアを気に入っているから、結婚を申し込んだ」
バッ、とナーディアがアルチュールを見て、言葉がでないのところに、アルチュールがたたみかける。
「河原で石を拾っているナーディアは、強烈だった」
「それ、誉め言葉に聞こえない!」
プイと顔を横向けるナーディアを、アルチュールは目を細める。
本当は、こんなに表情豊かだったのだね。
河原で見た君は、強烈に美しかった。
宿から少し歩くとすぐに港に着く。
エスコートの手を解いて駆けだそうとするナーディア の手をアルチュールが離れないように反対の手で押さえる。
「走ったら危ないし、体力だってひ弱だろう」
「だって、見て。海が綺麗。いつもの風景なのに、なんでもない景色がこんなに綺麗なんだもの」
海風が頬をなでて、波に光が反射する。
波の音、海鳥の羽ばたき、無尽蔵の小さな光の粒、一瞬一瞬が同じ形じゃない。
「海に来れてよかったわ」
「そうだね」
またきっと二人で来よう、言葉は音にならない。
それよりも、自然の色と音に魅入られた。
読んでくださり、ありがとうございました。




