38 王都からの知らせ
前回よりも沖合の海に船は向かっていた。
「もっと沖まで進んでちょうだい」
力を得たアーニデヒルトはかなり遠くまで石の感知ができるようになったが、姿を見せる訳にいかないので、アーニデヒルトの声を聞けるのはナーディアだけである。
今回は大きな船をチャーターしたので、揺れは少なく船酔いもない。
ナーディアは甲板で手摺にもたれて、石の入った袋を手に持っている。海に落とすと大変なので、手首には袋の紐を巻きつけている。
その姿を隠すようにアルチュールが前に立っている。
船員や護衛に、海から石をひきつけるのを見られる訳には行かないからである。アーニデヒルトが言うには、かなりの感知があるから海に少なくない数が流れ込んでいるらしい。
『アルチュールは昨日の夕方、暴れ馬に乗って訓練していたぞ』
アーニデヒルトはいろんな情報をもってくる、石以外の事も感知できるようだ。 それは船酔い対策の訓練ということだ。
「それで、堂々と甲板を歩いているので。 船酔いをしなくなったって、悔しいわ」
コソコソとアーニデヒルトとナーディアが話しているが、周りから見ると、ナーディアが何もない所に向かって話しているようにしか見えない。
その姿は気の触れた公爵令嬢、その噂が本当だったんだ、と船員たちは思っている。
アーニデヒルトの指示通りに向かうと、効率良く港の海をまわり、アーニデヒルトが『もう感知しない』と言わしめるぐらいであった。
宿に戻ると、二通の手紙が来ていた。
一通はイースデン公爵からナーディア宛て、もう一通は宰相からアルチュール宛てであった。
イースデン公爵からは、ナーディアを騙る放火犯が街にでたことと、王太子バーミリオンがナーディアを捕縛する指示を軍にだしたことだった。
「ありえないわ!」
手紙を読むナーディアの強い口調に、アルチュールが横から覗き込んでくる。
「見てもいいか?」
ナーディアは手に持っていた手紙を、アルチュールに渡して、お茶を淹れるべく席を立った。
手紙には、公爵がナーディアの無実を証明したことまで書いてあったが、ナーディアの怒りはおさまらないらしい。
アルチュールが護衛達を部屋から出して、ナーディアと二人きりになるとアーニデヒルトが姿を現した。
ナーディアは、アーニデヒルトの前にもお茶の入ったカップを置く。
アーニデヒルトは実体に触ることはできないが、お茶は好きで、あるだけでもいいらしい。
普通にお茶を淹れるナーディアをアルチュールは見ていた。
お茶会でさえ、高位貴族の令嬢は侍女や侍従にお茶を淹れさせて、自分で淹れたりしない。
王太子の婚約者として、多岐にわたる教育を受けていたと聞いている。茶事もその一つかもしれないな、とアルチュールは思う。
王太子は当然のように、ナーディアのお茶を飲んでいたのだろう。
これほど美味しいお茶を淹れるために、ずいぶん練習したに違いない。王太子は浮気して、この令嬢をぞんざいに扱ったのだ。
「ナーディア嬢は、お茶を淹れるのが美味いな」
カチャリ、小さな音をたててソーサーにカップを戻す。
「ありがとうございます」
ナーディアは、ふんわりと笑った。
「手紙から察するに、公爵閣下はナーディア嬢を騙った犯人に心当たりがあるようだね。
王太子殿下も、バカなことをしたな」
王太子が犯人だと言わんばかりに、アルチュールが王太子を非難する。
「殿下がそんなことをする理由が思いつきません」
すでに婚約解消して、恋人と過ごすのにじゃまでは無くなったはずである。
「ナーディア嬢の噂を利用したのではないか?
気が触れた女性なら、放火をするかもしれない、という猜疑心。
捕まえても罪を軽くすれば、イースデン公爵家に恩を売れる。その為には殿下の影響力のある軍が捕まえねばならないからね」
アルチュールはナーディアにお代わりを注いでもらう。
「イースデン公爵家は、王家にとって魅力的だからね」
いい香りだ、と囁いてアルチュールは二杯目のお茶に口を付けた。
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