36 アルチュール・ヴィスタルという男
その夜、アーニデヒルトとナーディア、アルチュールはナーディアの部屋で話していた。
街一番の宿の一番いい部屋だけあって、寝室と居間の二部屋があるからだ。
「護衛達は、アーニデヒルト様がいるのを知らないのにアルチュール様を私の部屋にお通しするのは、お父様から言われているからよね?
アルチュール様が次の婚約者なのてしょう?」
ナーディアは、この旅行にアルチュールが同行すると聞いた時から思っていたことをアルチュールに聞くと、アルチュールは口角を上げて、肯定する。
「そうでなけれな、未婚の娘に男を近づけさせないさ」
王太子との婚約がなくなって新しい婚約者を探そうとしても、適齢期の高位貴族の男性はすでに婚姻しているか、婚約者がいる。
イースデン公爵の娘婿なら、婚約を解消してもなりたいという男はいるだろうが、それでは王太子の二の舞である。
アルチュールは女性にとって観賞用であり、婚約者はいなかった。
「僕がナーディア嬢に興味を持って、ヴィスタル侯爵家から縁談を申し込んだら、イースデン公爵のお眼鏡にかなったらしい」
アーニデヒルトがアルチュールとナーディアの会話を面白そうに聞いている。
「アルチュール様は、自分より美しくないとお認めにならないと聞きましたわ」
それはアルチュールの妹のイレーヌからの情報だろう。
アルチュールは婚約者候補となった女性に、服装から始まって、立ち居振る舞い、肌の手入れ、マナーまでダメ出しを続けるのだった。僕に釣り合う女性でないと恥ずかしい、が彼の常套句だ。
婚約を辞退する令嬢が続くと、婚約の話さえ無くなっていた。
「公爵家も美しい家系だと思うよ。僕には劣るけどね」
公爵家は普通の美形だとアルチュールは言う。
「だけど、河原で泥がはねたドレスのナーディア嬢が気になったんだよね。泥で汚れているのに、それが自分でも不思議で。
ああ、河原の夕焼けは特別に美しかった、それは本当だよ」
チラリとアーニデヒルトを見る。
「僕は誰よりも美しいと思っていたけど、アーニデヒルト様の美しさは別格だと思う」
はぁ、とアルチュールは大きなため息をついた。
淡い光に包まれたアーニデヒルトの姿は、天上の美しさである。
『美しいよりも、可愛いを選ぶ男もいる』
アーニデヒルトが言うのは冤罪をかけた夫のことだとナーディアは気がついたが、アーニデヒルトのことを知らないアルチュールは世間一般のことだと思ったようだ。
「アーニデヒルト様は異界から来られた人だし、竜だから」
「竜!?」
アルチュールは驚きのあまり大声をだしてしまい、あわてて扉を確認すると護衛が飛び込んでこなかったので安心する。
「アーニデヒルト様の声にひかれて、河原で石を集めだしたの。後で、その石が砕け散ったアーニデヒルト様の竜体の身体だと知ったの」
夢の話は省いて大雑把な説明をするナーディアだが、アーニデヒルトが爆弾を投げた。
『もっと石が集まれば、力が戻って竜体を復活させることも出来るかもしれない』
ナーディアの話に疑問がたくさんのアルチュールだが、アーニデヒルトの竜体というのが優先された。
「是非、そのお姿を拝見したい。
ナーディア嬢がアーニデヒルト様の声をなぜ聞いたかとか確認したいが、まずは石を集めるのが大事だ」
ところで、とアルチュールは続ける。
「代官の屋敷でナーディア嬢は掴まりそうだったよね。体力がなさすぎる。あれでは足手まといになる」
散歩とダンスしかしない貴族令嬢に体力は重要視されない、走るなどマナー違反だぐらいに教育されている。
ナーディアもそうである、健康に過ごせる程度の体力だ。
「足手まとい、って」
私がアーニデヒルト様の声を聞いたのです、と言いたいが、アルチュールはそれを許さない。
「僕が代官達をひきつけている間に、逃げる事もできないのは芋虫にも劣る。努力が足りない」
これが、美しく優秀な侯爵家嫡男アルチュールに婚約者が出来ない理由である。
「ひ・・」
ひどい、と言いたいのに言葉が続かないナーディア。
泣きそうになる気持ちを抑えて、ナーディアはアルチュールを睨んだが、睨むことに慣れていなくって涙目にしかみえない。
「これから、出来る事が増えていきます」
知らない事、したことない事がたくさんある、とナーディアは石を拾い始めて知った。逃げる事も初めてだった。
「ふーん」
口元を手で押さえて、アルチュールは返事した。
面白くって仕方ない、こんな反応をする令嬢は初めてだ。
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