34 代官の屋敷
街を彷徨うこと二日目にして、代官府からの使いという人物があらわれた。
「お嬢さん方は旅行者ですか? この街に入る時に入街手続きを終えてますか? 延納金がかかるから早く手続きをした方がいい」
入街手続き、そんなものがあるはずがないが、とりあえず付いて行くことにすると、そこは代官の屋敷だった。もちろん護衛達がこっそり付いて来て、隙を見て屋敷に忍び込む予定である。
アルチュールは、ドレスのスカートの中に武器を隠し持っている。それで代官達を抑えるつもりだ。
代官が手続き中の二人の前に現れたが、アルチュールを見ている。代官はアルチュールの美貌に目を付けたらしい。アルチュールはどこから見ても美女であるが、街娘に扮するには美し過ぎて無理がみられる。
「アルチュール様、代官を惹き付けておいてくださいね」
コソコソとナーディアがアルチュールに耳打ちするが、すでに怯えていて言葉が震えている。
裏帳簿を盗むと決めたものの、代官や部屋にいる男達が恐い。バレるんじゃないか、と動悸が止まらない。
ナーディアは洗面所に行くと言って部屋から出ると、見張り役の男がついて来た。
ここまでは打合せ通りだが、公爵令嬢のナーディアはこんな経験はない。男の目が気になってビクビクしながら歩いて行く。
本当に怯えているので、冷や汗が流れる。
「お嬢さん」
見張りの男に声をかけられて、ナーディアはビクンと飛び上がった。
「洗面所はこっちだ」
男の方を見ようとして、ナーディアはガチガチになった首を動かす。
「は、はい」
「あんたも美人だよなぁ、ははは」
男は舐めるような目つきでナーディアを見るから、ナーディアは身をよじって避けようとして壁にぶつかる。
部屋の中から大きな音が聞こえて、男が舌打ちした。
「ちっ、あっちはもうお楽しみが始まったぜ」
代官がアルチュールの化けた美女を手籠めにしようとして、女性が抵抗していると思ったらしい。いつも、こんなことをしているのだろう。
にやけた顔で男がナーディアに近づいて来る。
ナーディアは武術を使えない、逃げて攪乱させる役割である。なにより姿を消しているアーニデヒルトの声を聞けるのがナーディアだけなのだ。
ナーディアは男に背を向けると走り出したが、淑女教育にダンス以外に体力は必要ない。
すぐに男に追いつかれて手を取られそうになった。
『きゃああ』
怖すぎて、悲鳴が声にならない。
ガンッ!!
後ろから頭を強打されて、男が倒れた。
「大丈夫?」
髪は振り乱れ、ドレスは着崩れしたアルチュールが剣を手にして立っていた。剣の柄で男の後頭部を打ちつけたらしい。
「代官が襲ってきたから返り討ちにして、縛って向こうの部屋に放ってある。ガビドー達が突入してきて手伝ってくれた」
「わ、私、なにも、役に立てない」
ペタンとその場に座り込んだナーディアが、アルチュールを見上げる。
アルチュールはナーディアを支えるべく、手を差し出した。
「僕は剣の訓練を受けてたし、鍛錬もしてた。ナーディア嬢にそんなこと望んでないよ。
裏帳簿を探すのに、ナーディア嬢が必要だ」
ナーディアはクシャと顔を歪めて笑うと、アルチュールの手を取って立ちあがった。
「ありがとうございます」
そういうのが精一杯だ。まだ男が迫って来た時の恐怖が残っているけど、早く裏帳簿を探さないといけない。
代官と男達を見張る2名の護衛を残して、エルファン達3名の護衛が、ナーディアとアルチュールを守りに来た。
ナーディアがアーニデヒルトの声を聞きながら裏帳簿のある部屋に誘導する。
「ここみたい」
ナーディアが指さした部屋にエルファンが突入して危険がないか確認してから、ナーディアとアルチュールが入る。
『この引き出しの裏に鍵があるから、後ろの書棚の本の後ろにある鍵穴に差し込んで書棚を動かして』
アーニデヒルトの声が頭に響いて、ナーディアは脇机の引き出しを探る。
「アルチュール様、書棚の本を全部出して」
バサァッ!バサッ!! アルチュールは薙ぎ払うように本棚から本を床に落としていく。
「なんだ? これは」
小さな穴があるのを見つけて、アルチュールが周りの本をどける。
ナーディアが見つけた鍵をその穴に差し込むと、カチリと小さな音がして回すことが出来た。
作り付けの書棚は二重構造になっているらしく、壁に埋め込んだ部分の扉が開いた。
そこには、たくさんの帳簿や書類があった。
護衛の一人にそれらを宿に運ばせると、ナーディアとアルチュールは代官を縛ってある部屋に戻った。
アルチュールは代官の前に立つとナーディアを引寄せた。
「彼女はナーディア・イースデン公爵令嬢だ。お前達はご令嬢に暴行しようとした現行犯として裁かれる」
もちろん、それだけでなく横領の罪もあるのだが、それは協力者を炙り出してからの話だ。
イースデン公爵令嬢と聞いて、代官達は震えあがった。
これだけでも、街で横暴を繰り返してきたことを調べられる。
読んでくださり、ありがとうございました。
ナーディア、頑張りました。




