3 迷える石
ナーディアは背中をクッションに預けて、馬車に揺られていた。
母親のロザンヌは無口ながらも、娘の様子を伺っていた。ナーディアがうなされて深夜に悲鳴をあげた報告はメイドから受けている。
その後も寝付けなかったのであろう、馬車の中でうとうとしているようだ。
ナーディアにブランケットをかけてやりながら、ロザンヌの兄であるユークリッド・トレファン侯爵のことを考えていた。
ロザンヌとユークリッドは、先王の弟の子供であり、現王の従兄弟にあたる。低いながらも王位継承権もあり、その血はナーディアに受け継がれている。
ユークリッドは学者肌で、未だに妻を娶らず学問機関に属して研究をしている。調査と称して外国に行くことも多い。
ナーディアが赤茶けた石を拾ったと聞いた時に、兄と似ている一面があるかもしれないと思ったのだ。
「寒くない?」
目を開けたナーディアにロザンヌが声をかける。
首を横に振ったナーディアが身体を起こす。馬車の中では夢を見なかった、それに安堵してナーディアは窓の外を見た。
もうすぐ宝石店に着くだろう、どんな箱がいいだろう、と考えて、何故か大きな箱でないとダメだと思う。
「お母様、この石は小さいけれど、箱は大きいのがいいわ」
宝石店では支配人が上得意である二人を出迎え、宝石で飾られた豪華な箱をいくつも取り出す。
並べて比べると、一つの箱がナーディアとロザンヌの目につく。
選んだ箱は銀製で細工の繊細さが特徴だが、他の箱は金細工に宝石をあしらっているので、比べると豪華さに欠ける。
けれど、夢で見た白銀竜を思い出させて、ナーディアはその箱に決めた。
帰り道では、馬車が河原に入る道の前を通る。ナーディアは背中をクッションに預けて、馬車に揺られていた。
ロザンヌは、ナーディアに違和感を覚えていた。寝ている姿は娘に間違いないが、言動がどこか違う気がする。昨夜寝れなかったらしいから、そのせいだろうと思っている。
チクンと胸が痛んだナーディアが顔を上げると、そこは前日に河原に向かう脇道に入る辺りだった。
「どうしたの?」
ロザンヌが娘を心配するとナーディアは首を横に振る。
なんだか心にひっかかりを感じながら、ナーディアはそれを感じない振りをすると、ナーディアを乗せた馬車はその場所から遠ざかった。
その夜も夢を見た。
石を拾った河原の風景が見える。それはナーディアが見た景色ではなく、誰かが見ている景色。.
『あそこには、まだあるのに! 探して! 私を探して!』
胸が苦しくって、荒い息を吐きながらナーディアは飛び起きた。
胸を鷲掴みにされたような痛さに冷や汗が流れて、悲鳴を抑えるのが精一杯だった。
夢はその日だけでなく、翌日も続いた。そうなると寝るのが怖くなり、ナーデイアは不眠になっていった。
飛び散った石を集めないと、眠る事さえできない。
毎夜続く悪夢で、その思いは確信となっていく。
白銀竜は大きかった。あれの欠片となるとどれほどの数だろう? 飛び散ったのだ、遠くまで飛んだのもあるかもしれない。
どうして私が、と思うが、ナーディアは思い当たることがある。
公爵令嬢であるナーディアは幼少の頃からの婚約者がいるが、王太子である婚約者バーミリオンには恋人と呼べる身分の低い女性がいるのだ。王太子は結婚したらナーディアを妃として尊重すると言っているが、本心かどうかはわからない。
それは、夢の中の王妃と王の関係と同じように思えてしかたない。
身分の低い恋人を妃として召し上げる為に、ナーディアに冤罪を被せ、公爵家を引き落とすかもしれない。
あの夢が未来の自分の姿に重なる。
この石は警鐘かもしれない。共鳴したのだろう。
王太子と長い期間婚約関係であった温情を断つべきなのだろう。ナーディアの迷っていた心は、夢で見た恐怖で王太子への恋慕も敬意を消えていた。




