27 アルチュールの妹
ナーディアを公爵邸に送り届けて、ヴィスタル侯爵邸に戻ったアルチュールを待っていたのは、妹のイレーヌであった。
「お友達から聞きました。噂は本当だったのですね。
お兄様がナーディア様に傾倒しているなんて、信じられない。河原で石を拾っている気狂いですよ」
「そんな醜い言葉は似合わないよ? 僕の妹は綺麗な顔なのに、ひどい事を言うね」
アルチュールはイレーヌが何を言っても動じない。
「イレーヌとナーディア嬢は友人だと思ってたけど、違うの?」
ばつが悪そうにイレーヌは言葉を濁す。
「友人でしたわ。いえ、ナーディア様の友人に選ばれたことが誇りでした」
未来の王妃に相応しい公爵令嬢ナーディア。知性も教養もあり容姿も優れていると誰もが認めていた。
「王太子殿下の振舞いにはお気の毒に思いますが、貴族の娘と生まれたからには家に従うのは当然のことですわ」
「なるほど、イレーヌはナーディア嬢が王太子の浮気ぐらい容認すべきだというのだね?
それに耐えれず、気を病んでしまったナーディア嬢はもう友人でないと?」
先日の舞踏会でもナーディア嬢は陰口を言われ、孤立していた。大勢で一人を無視する貴族令嬢の醜さだな、とアルチュールは思う。
「醜いな、お前。臭いのは腐っているからだな」
綺麗だった、アルチュールは河原で見たナーディアを思い出す。夕陽が映えて、草も河も石もオレンジに輝いていた。
なにより、ナーディア嬢が綺麗だった。
そうか、あの石はナーディア嬢を選んだのだな。
「ひどいわ! 兄だからって言っていい事と悪い事があるわ!」
イレーヌが声を荒げると、その声を聞きつけて侯爵夫人が駆け付けて来た。
「イレーヌ、お前が言ったんだよ? 貴族の娘として、生まれたからには家に従うと。暴言も暴挙も容認するとな。この家では、お前より僕の方が権力があるのだよ。」
ニヤリと口角をあげてアルチュールが笑う。
「こんなところで、何を騒いでいるの? みっともなくってよ」
二人の母親であるヴィスタル侯爵夫人は没落貴族の娘であったが、その美貌でヴィスタル侯爵に請われて嫁いできた。
両親は領地と王都を行き来する生活をしている。領地の管理を父親、王都の屋敷の管理は嫡男というのが多くの貴族の生活で、ヴィスタル侯爵家もそうである。
「何でもありません」
アルチュールが踵を返すと、後ではイレーヌが母親になきついていた。
アルチュールはそのまま父親の執務室に向かい、扉をノックすると父親が扉を開いた。どうやらイレーヌの声が届いていたらしい。
アルチュールとヴィスタル侯爵が向き合って座ると、侍従はお茶を淹れて部屋から出て行った。
「いくつかご報告せねばなりません」
軽薄なイメージを消してアルチュールは、父親に向き合った。
アルチュールがナーディアに興味を持ったと自覚した時に、最も味方に付けねばならないと考えたのが父親だった。すぐに父親に事情を話すと、ヴィスタル侯爵はナーディアの父親であるイースデン公爵にコンタクトを取った。
ナーディアの婚約解消の裏には、イースデン公爵家が王家よりもヴィスタル侯爵家を選択した事情もあった。
ナーディアとアルチュールの縁組は決まってはいないが、両家の政治的連立は確定している。イースデン公爵は王家を捨てたから、ナーディアとバーミリオンの婚約解消が成り立った。
「ナーディア嬢の精神に異常はありません。令嬢の悪意のある噂が流れていてもイースデン公爵が令嬢を屋敷に閉じ込めないのは、集めているのが特別な石だからです」
「特別な石?」
ヴィスタル侯爵が意味が分からないと聞きなおす。
「はい、特別美しいとかではありません。不思議な力がある石、としか言いようがありませんし、その力を僕は知りません。
そして、たぶんそれは令嬢しか探すことが出来ないと思えます」
なるほど、とヴィスタル侯爵は納得をする。
噂というのは貴族にとっては致命傷に繋がることもある。それをイースデン公爵が放置しているのが気になっていた。
令嬢の行動が必要なことであれば、噂によってイースデン公爵に敵対する者を判別するために放置していると考えられる。
「イレーヌが噂に踊らされて、ナーディア嬢を蔑んでいるのは問題です。
まだ公表されてはなくとも、ナーディア嬢は王太子との婚約が解消されてます。多くの家がイースデン公爵家との縁を望んでくるのは間違いない。
イレーヌの言動で、ヴィスタル侯爵家が遅れを取る訳にはいきません。
ナーディア嬢はとても興味深い令嬢ですからね」
アルチュールはイースデン公爵からナーディアの側にいる許可を得ているが、妹のせいで台無しになっては困るのだ。
「イレーヌには、悪い噂を教える友人がいるようだな。交友関係を調べ直して、しばらくは外出は控えさせよう」
ヴィスタル侯爵にとっても、イースデン公爵との縁を確固たるものにしたいのだ。




