21 王太子バーミリオン
「茫然としていた。
それが、宝石商でナーディアを見た感想です。
ナーディアの足元には、悲鳴をあげて階段を落ちたであろうルシンダが座り込んでいました。
ルシンダが私を縋るような目で見るから、恋人として助けるのは当然です。舞踏会の時もルシンダを貶すような発言をヴィスタル侯子に許していたから、ナーディアがルシンダを階段から落として茫然としていると思いました。
まさかイースデン公爵夫人が後ろにいて、ルシンダの粗相を指摘されるとは思ってもいませんでした」
バーミリオンが王に、昨日の宝石商での出来事を報告している。
朝早くにイースデン公爵の謁見があって、バーミリオンは王に呼ばれたのだ。
「王家の馬車の馭者の確認が取れている。宝石商の前に馬車を着けると、馬車からルシンダ嬢が飛びだして入り口の開いた扉から出て来る人影があったのに、ルシンダ嬢が中に駆け入ろうとしてぶつかったのを見たと証言もしている。公爵夫人の言葉と一致するな?
そして馬車に乗っていたお前は、見てもいないのにナーディア嬢が悪いと決めつけて糾弾したそうじゃないか?」
王は椅子の肘掛けに置いた手を握りしめて、語尾を強める。
「ナーディアとは結婚するんです。こんな些細な食い違い、たいしたことじゃありません」
自分はナーディアと結婚してやるんだ、とばかりの態度でバーミリオンは答える。
それまで黙っていたイースデン公爵が口を開いた。
「我が娘との結婚は無くなりました。殿下の有責で解消となりました」
絶対にこの結婚はなくならないと思っていたバーミリオンは、さすがに驚きを隠せなかった。
「王家と高位貴族間の取りまとめのための結婚だ。絶対に無くせないはずだ!」
「お前がそれを言うか!?」
王はバーミリオンの前に、イースデン公爵が提出した資料を投げつけた。
「先ほど、公爵とは婚約解消ということで書類を取り交わした」
バーミリオンは書類を拾うと読み始める。
そこには、先日の舞踏会での一言一句相違ない会話と状況が記されていた。それは婚約者でありながら、ナーディアをエスコートせずに他の女性を連れていた王太子を監視した内容だった。
イースデン公爵がナーディアを一人で舞踏会に出席させたのは、このためだったのだ。
それだけではない、王太子が女性を侍るようになってからの詳細が細かく記されている。イースデン公爵は娘を害悪から守る為に密かに護衛を付けている。その害悪に王太子も入っていたということである。
「殿下」
書類を読んでいるバーミリオンに、イースデン公爵が声をかけた。
「政略結婚とは、両方に利益がなければなりたたないのです。
殿下はあまりに不誠実でした。王家の為に高位貴族をまとめる必要性を感じなくなりました。
イースデン公爵家は子孫の為に国政の安寧を願っていましたが、殿下の不貞と娘への罵倒は相反するものです。これでも2年余り様子を見ていたのですが、殿下は娘を蔑ろにするだけでした」
「ありえない」
呟いたバーミリオンは婚約解消の書類に目を止めた。
『王太子による不貞と暴挙により、イースデン公爵令嬢は心身に支障をきたし婚約解消を請求するものとする。
婚約解消に際し、アトラス王家に対し下記の慰謝料と2年150日の納税の免除を請求する』
「2年150日の納税免除! 慰謝料も取るのに!」
イースデン公爵家は、王国にとって最大の納税者である。
「2年150日は、殿下が愛人だか恋人だかを公に連れ歩いた日数です。その前から浮気をしていたようですので、そちらの日数も加えましょうか?」
イースデン公爵は全部把握しているぞと、バーミリオンにたたみかける。
「陛下は納得していただけましたよ。
殿下が納得されないようなら、アトラス王家から離れるしかないですね」
暗に独立の可能性をほのめかして、公爵は口角をあげる。
「不貞とはそれだけのリスクがあるから、スリルがあって楽しいのでしょう?」
王の刺すような眼がバーミリオンを見ていた。
読んでくださり、ありがとうございました。
イースデン公爵はナーディアに結婚を強いていましたが、ナーディアを守るようにも動いていたのです。




