2 夢の世界
残酷な表現があります。お気をつけてお読みください。
どんよりと曇った空が公開処刑場を覆っていて、そこを歩いている自分がいることにナーディアは気がついた。見たことのない場所だが、知っているという不思議な感覚にとまどっている。
大勢の観衆が、「悪妃を殺せ」と叫んでいて、石を投げる者までいる。それが、自分に向けられたものだとわかり、足がすくむ。
後ろ手に縛られた両手は動かせるはずもなく、目の前にギロチンがそびえている。
これから自分が処刑されるのだとわかって、ナーディアは逃げようとするのに体が動かない。
それは自分の身体であって、自分の身体でない感覚である。まるで他人の体の中から見ているような気分だ。
「私は無実です!」
その身体は声を張り上げ、背筋を伸ばした。
ナーディアの身体から発せられる声は、ナーディアの声色ではない。この身体はナーディア自身ではないと確信するが、投げられた石が当たった時に痛みを感じて、この身体とナーディアの感覚が繋がっていると思うと恐ろしくってしかたない。
処刑台の前にいた男が、ゆっくりと立ち上がった。
「お前は未だに覚醒せず竜化できない。高位竜の覚醒が遅いのは膨大な力の覚醒であるからだが、さすがにお前の歳で覚醒できないのは、高位竜どころか、竜族でないからだろう。両親が竜族ならば、必ず覚醒する。つまり、お前は夫人の不貞の証拠。竜族である公爵の子供でない。
公爵の娘と偽り、王である私と結婚したことは王家を謀ることだ。王妃は竜族でなければならない。
すでに、不貞をした公爵夫人は処した」
男の言葉に、ナーディアの身体の人物は、母が処刑されたことを知る。
5歳から10歳までに竜は覚醒して竜の姿を得る。高位である漆黒竜や金竜が覚醒するのは15歳前後で、もうすぐ20歳になるのに自分は覚醒をしていない。母は父を裏切ってなどいない、そう言いたいのに自分が竜化できないために母は不貞の烙印を押されたのだ。竜以外の男の子供を産んだと。
「王妃となったお前は、数々の不正をおこない、側妃の暗殺を企てた」
男は庇うように、横にいる側妃の腰を引寄せる。
「私はそんなことはしていません。その女の策略です」
ナーディアの身体が叫んでも、誰も聞き入れようとはしない。
処刑人はナーディアの肩を押さえつけ、ギロチンに跪つかせる。
「俯かせるな、仰向けでやれ」
王と呼ばれる男は処刑人に、ギロチンを仰向けでするよう命令する。
落ちて来る刃が見える仰向けの処刑は、罪人にとって想像を絶する恐怖だ。
刃を止めてある縄が斬られて、刃が自身の重さの勢いで落ちてくる。
あまりの恐怖に、体の中のナーディアも叫ぶことさえ出来ず、視界が真っ白に染まる。
ドンッ!!
爆音が響き、処刑場が目も開けられないほどの眩しい光に包まれる。
それは一瞬のことで、そこには巨大な白銀の竜がいた。
誰の目にも、ナーディアの身体が竜化して、白銀の竜になったことは確かだった。
処刑人はよろよろと尻餅をついて、這って逃げようとする。
人々は初めて見る白銀の竜に、言葉もなく立ち尽くしている。
それは、王である男もだ。
白銀の竜は神の使いと言われ、豊穣と祝福をもたらす尊い存在として神殿で祀られている。
白銀の竜は、ゆらゆらと宙を彷徨い人々を見下ろしていた。
「何度も無実だと言った」
竜の声は、無実だと叫んでいたナーディアの身体の声だ。
「その女に誑かされ、証拠を捏造し、母と私を処刑したお前達を許さない」
圧倒的な力をもって、白銀の竜が光り輝く。
「この地の祝福は消えた。空が晴れる事はない。雨が降ることもない。大地がこの国を呪うだろう。
お前達が逃げた地を、呪いが追うだろう。
私を貶め、お前達を助けた者も報いを受けるがいい」
身体を反転した竜は、空へと昇って行く。
白銀の竜は天高く上り、時空の果てを超え、次元を超えた。
そこは見知らぬ世界。
白銀の竜が青空の広がる河原に足を着けると、一瞬人の姿になり、砕け散った。
『私を集めて、私はアーニデヒルト』
ナーディアの頭に、白銀の竜である女性の声が聞こえる。
「きゃああ!」
悲鳴をあげて、ナーディアは飛び起きた。
両手を首に当てると、ギロチンが落ちて来た感触が残っている。
何より恐怖に身体の震えが止まらない。
ナーディアの悲鳴を聞きつけた家人の足音が聞こえ、「お嬢様!」メイドが寝室に飛び込んで来た。
メイドに背中をさすられ、落ち着いたナーディアが見渡すと、ここは曇った地の処刑場でも、青空の河原でもなく、馴染んだナーディアの寝室のベッドだった。
「夢?」
夢というには禍々しい感覚に、ナーディアは握って寝た石を見つめた。
読んでいただき、ありがとうございます。
石の過去の話になりました。ギロチン自体が残虐ですが、仰向かせるのはさらに残虐な処刑になります。




