18 アルチュールの策略
「公爵邸までお送りします」
アルチュールの申し出は貴族子息として当然のことだが、ナーディアにとって疎ましいものである。面倒な男性だが、観賞用としての人気がある。余計なトラブルに巻き込まれたくない。
「いえ、護衛がおりますからご心配にはおよびません」
たしかに下流に行くとは言ったが、今日はお終いにするとは言ってない、まだ帰るつもりはないナーディアである。
「もうここには探す物がないのでしょう? 護衛の一人も馬車に乗るがいい。婚約者のいる令嬢と二人きりで馬車に乗るわけにはいかない」
アルチュールは強引にナーディアの手を取り侯爵家の馬車に誘導する。
「令嬢が乗って来た公爵家の馬車は、後ろを付いて来てくれ」
ナーディアに反論の余地を与えずにアルチュールはイースデン公爵家の護衛に指示を出すと、さすがにナーディアも抵抗して目立つのは避けようと考えた。
ヴィスタル侯爵家の馬車にナーディアを乗せると、アルチュールと護衛のエルファンが乗り込む。
「ヴィスタル侯子はずいぶん強引ですのね?」
ナーディアは呆れたように視線を向けると、アルチュールは笑みを浮かべる。
自分の美しさを十分に知っていて、他人を思い通りに動かすための笑みだ。以前のナーディアなら惹かれたかもしれないが、今は命がかかっていると思っているから余裕はない。
ナーディアの反応に、アルチュールは面白そうに目を細めた。
アルチュールもナーディアが事故が引き金となって気が触れた、などともう思っていない。
ただ、ナーディアが変わったのだ。
そして、石集めは何かの意図があるのだろう。
「イースデン公爵夫人にご挨拶をしたい」
イースデン公爵家に着くと、アルチュールは迎えに出た家令に伝えた。なんとしてもナーディアが下流に行くのを同行したい。
アルチュールは含みのある笑みで、家令に案内されて応接室に向かった。
ナーディアはアルチュールを一人で行かせるわけにいかず、後ろを付いて行く。
どうして、こんなことになっているの?
どこがアルチュールの興味を惹いたのか分からないが、王太子の婚約者として身近に男性を置くのは好ましくない。それこそ、濡れ衣の材料を提供しているようなものだ。
アルチュールとナーディアが応接室のソファーに座っていると、さほど待たずにナーディアの母ロザンヌが現われた。
アルチュールが立ち上がってロザンヌに礼を取ると、ロザンヌは娘を見てから使用人を下がらせた。
「どうぞ、お座りになって」
ロザンヌの知るアルチュール・ヴィスタル侯子は、美貌だけでなく文武に秀でていて、美しくないものを嫌う。
かたや娘のナーディアは美しい令嬢だったはずなのに、最近は河原に通い泥だらけで帰って来る。夫のイースデン公爵が娘の動向を許しているのも不思議だが、泥の付いたドレスの娘の横にヴィスタル侯子がいることはさらに不思議である。
「じつはイースデン公爵夫人にお願いがあって来たのです」
アルチュールは極上の笑みを浮かべると、ロザンヌがまぁまぁ、と笑顔になる。
アルチュールは自分の顔の使い方を心得ているし、ロザンヌは公爵夫人としてアルチュールの顔の有効性は分かっている。
「ご令嬢が我が家でケガをされて、後遺症が残っているようなのが心配です。ご令嬢の護衛の一人として、側にいることを容認していただきたい。
公爵に許可を得るのに口添えをお願いしたいのです」
「無茶な論理ですね。侯子が護衛など悪い噂をばらまくようなものですわ」
ロザンヌも公爵夫人として教育をうけているし、イースデン公爵夫人として社交界で降臨しているのは、おっとりした見掛けだけではないからだ。
「では、どのような形なら婚約者のいるご令嬢の側に居られますか?」
アルチュールの言葉に、ロザンヌもナーディアも驚きをかくせない。
「お母様、違います。侯子とはそんな関係ではありません!」
否定するナーディアに、ロザンヌはわかっているとばかりに頷く。
「私から、その言葉を引き出そうとしても無駄ですわ」
「もちろんです。そういうことだと認識していただければ十分です。
とりあえずは、ご令嬢が下流に行くのに同伴させていただければ、」
アルチュールの言葉は最後まで言えなかった。ロザンヌが勢いよく立ちあがってよろけたからだ。
「ナーディア、これ以上、母に心配ごとを増やすというのですか!?」
ロザンヌは椅子の背に手を突き身体を預けた。ナーディアを見つめて溜息をついてから、アルチュールに視線を動かす。
「ヴィスタル侯子は武術にも優れていると聞いてます。護衛を付けますが、侯子が側に居てくださるよう私から公爵に言いましょう」
ロザンヌから言質をとって、アルチュールは目的を果たしたが、横からナーディアの恨み言が聞こえる。
「どうしてここでバラすのよ。お母様を怒らすと怖いのよ」
小声で言ってくるから、アルチュールは笑いを堪えるので大変である。
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