15 ナーディアの変貌
バーミリオンにとって、ナーディアは義務だった。王子として生まれ、王家と貴族間の安定のためにナーディアと結婚するのは決定事項だ。
イースデン公爵家は、この国で最重要の貴族であり、財力は王家の私財をしのぐと言われている。
優秀なイースデン公爵嫡男を側近にと打診したら、留学予定なのでと拒否された。容貌はいいが、地味な性格の娘を押し付けられ、バーミリオンだって留学や外遊をしたかった。
結婚が決まっているのなら、それまでは少しは自由にしてもいいだろう。イースデン公爵令嬢は教育も作法も正妃にふさわしいのは理解しているが、息が詰まる。
ナーディアとは反対の明るい性格がいい、そんな女性に興味を持ち、一人ぐらい側妃をおきたいと思うようになった。
こんなに立ち姿が美しかったか?
バーミリオンはナーディアを見て、雰囲気の違いを感じ取る。
ヴィスタル侯爵家のアルチュールは別格だが、高位貴族は美しい伴侶を娶る事で美しい子孫を得ている。王家もイースデン公爵家もそうである。
改めて見ると、ナーディアも美しい令嬢である。
しかも今夜は、今までとはドレスのイメージも違う。婚約者である王太子の色はどこにも入っておらず、散りばめた小粒の真珠で清楚な雰囲気だ。
一瞬、ナーディアに見惚れたが、ナーディアが反論したことが面白くない。
「河原で穴掘りをしているらしいな。金でも出るのか? 泥遊びをしているんだって?」
王太子が連れの女性の肩を抱き寄せて、ナーディアを貶す。
ナーディアは王太子との決別を決めたとはいえ、元々王太子に従順な性格だった。さっきの反論で精一杯で、目の前で王太子が恋人を抱き寄せるのを見せつけられて、平静を装うのでいっぱいで言葉が出てこない。
「美しくない」
ナーディアの代わりにアルチュールが王太子に返答する。
「殿下、婚約者以外に恋人を作るのは不誠実で、それでも婚約の利益を譲受しようとするのは醜いです」
自他ともに耽美主義と認識されるアルチュールだからこそのセリフである。
「ヴィスタル侯子!」
バーミリオンが声を荒げる。
王太子バーミリオンが声をかけた時から、衆目の的であり、アルチュールはそういうのが大好きである。
アルチュールは髪を耳にかけ、照明の方向に気を付けながら背筋を正す。
「僕は誠実は美しいと思うのです。僕と殿下は趣味が違うようです。僕は美しいのが好きなので」
アルチュールの視線は、バーミリオンを通り越して連れの令嬢に至る。
まるで、美しくないとでもいうような視線だ。
「ひどい!!」
バーミリオンが連れているルシンダが、バーミリオンの腕に胸を押し付けて縋りつく。
「殿下、私は美しいですわよね?」
ルシンダの媚びた声は、大広間にいる人々に聞こえていて、王太子の品位を問う声が囁かれる。
論点がナーディアの奇行から、美しさへと変わってしまっている。
「ふふふ、侯子、ありがとうございます」
ナーディアも思わず笑ってしまったのだろう。王太子の誇り高い婚約者であったナーディアの柔らかな笑みに、頬を染めたのはアルチュールだけではない。
「イースデン公爵令嬢、ここは騒がしいようです。場所を変えましょう」
アルチュールが腕を差し出せば、ナーディアがその腕に手を添える。
「疲れましたわ。屋敷に戻ろうと思います。馬車までエスコートしていただいていいかしら?」
父から舞踏会に出るようにいわれたノルマは達成したわよね、とナーディアは舞踏会に興味がない。
使用人達が何時間もかかってナーディアを飾り立てたが、舞踏会で踊ることもなく退散である。
「もちろんです」
アルチュールは王太子に礼をすると背を向けて、ナーディアと大広間を出て行く。
「今日は、本当にお美しい。1曲、踊っていただけないのが残念です」
そう言いながらも、ナーディアは明日も河原に行くんだろうな、と思ってアルチュールは気持ちが高揚するのだった。
だが、大広間に残された女性達の間には、イースデン公爵令嬢は王太子の婚約者でありながら、アルチュール様を独占しようとしている、と言われていた。
美しいアルチュール様の横には誰も立てない。イースデン公爵家の力に違いない。
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