13 舞踏会へ出陣
診療所でできることは少なく、テトは間もなく息を引き取った。姉のユタの背中には、鞭で打たれたせいでひどい裂傷があったらしい。
護衛から報告を受けて、ナーディアは息を吐いた。
昨日の事故でナーディアは診療所への寄進をして、テトの治療に専念させたが手遅れだったらしい。
ナーディアは家令を呼ぶと、平民を治療にあたる診療所の状態を調べるように指示する。
「引き続き診療所には私の私財から寄進をして、薬剤、診療具の補充に当ててちょうだい。たぶん人材も不足していると思うわ」
エルファンが調べてきたことを思い出していた。
『馬車の持ち主はダルトン子爵。鞭打っていたのも当主本人です。今までも、平民に馬車の速度を上げて突っ込んでいたことがあったそうです。平民が亡くなったのは今回が初めてでなく、泣き寝入りするしかなかったようです』
「お嬢様?」
専属メイドのメリサが呼ぶ声に、ナーディアは思考を戻す。
今夜の舞踏会のために仕度の途中だった。
「ずいぶん髪が痛んでいて、メリサは悲しいです」
髪油をつけ、何度も髪を梳いていくと艶がもどってくる。緩い編み込みを入れ、小さな花と真珠を飾ると、ドレスに散らした真珠とバランスがとれる。
「お嬢様、ドレスにも宝石にも殿下の色が入っておりませんが、よろしんですか?」
王太子の婚約者ということで、王太子の色を纏うのはマナーである。
「ふふ、私の代わりに、殿下のお気に入りのご令嬢がこれでもかってぐらいしてるわよ」
それは今までもだったが、ナーディアはすでに王太子を見限ったのだ。
浮気者だけでなく、悪意のある噂を流されてイースデン公爵家が受け入れることはないのだ。
「それに、お父様も了解されているわ」
父親が王太子が噂の根源であることに、どういった措置を取るかはわからないが、最低でも婚約はなくなるだろう。
王太子はこちらの有責を狙って噂を流したかもしれないが、イースデン公爵家を相手に悪手であろう。
支度の整ったナーディアは一人で舞踏会に向かう。
いつもなら、王太子に連絡をしてエスコートを受けるのだが、一人で行って社交を探ってくるつもりだ。
ナーディアが出席するのは、主催者の王家も出席者が多いので把握しているかも怪しい。
担当事務官が王族に報告するのを、多分ちちのイースデン公爵が止めているだろう、ナーディアは推測する。
王太子の婚約者がまさか一人で来るとは思うまい。
イースデンの公爵家の家紋の入った馬車が正門に着くと、衛兵が慌てたように馬車の扉を開けた。
やはりナーディアが出席するのは伝わってなかったらしい。
衛兵が差し出した手を頼らず、ナーディアは一人で馬車を降りる。
「すぐに案内をいたします」
「結構よ。大広間の場所はわかってますから」
衛兵の先導を断り、ナーディアはドレスを翻えして歩む。
大広間の扉前で立ち番をしている近衛が、ナーディアを見て一瞬驚いた。
近衛も貴族だ、ナーディアの噂を聞いているのだろう。
ましてや、高位貴族の出席者として連絡を受けていないし、エスコートもなしの出席である。
近衛が王太子に連絡に行こうとするのを、ナーディアは手で制して、開かれた扉に入る。
大広間ではすでにダンスが始まっており、楽曲の音でナーディアが入ったことなど気がつく者はいない。
ナーディアは壁沿いに進み、一番後で人々の声に耳をかたむけた。
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