107 アルチュールとナーディアの逢瀬
ナーディアはテーブルに顎杖をついて、石を見ていた。見るだけでなく話しかけている。
「アーニデヒルト様が姿を見せないのは、城前広場で竜の姿で現れて力が無くなったからなの?
また力が溜まるまで、会えないのかしら?」
コンコン。
半分開いている扉がノックされて、アルチュールが入って来る。
「相変わらず、石のアーニデヒルト様に話しかけているんだな」
アルチュールは控えている使用人にお茶をたのむと、ナーディアの向かいに座った。
「トレファン侯爵が王宮を飛び出したので、その間に休憩を取ることになった。イースデン公爵と公子は軍の状況を確認に行っている」
ナーディアの父と兄が帰ってこない理由を報告する、律儀なアルチュールである。
アルチュールの顔色が悪いのをみて、ナーディアは蜂蜜を用意するように言う。
「少し垂らすと身体が温まりますわ。美貌がだいなしでしてよ」
「全くだ。最近は肌も髪も手入れする時間さえない」
疲れた表情のアルチュールの目の前に、ナーディアは蜂蜜を垂らしたお茶のティーカップを置く。
一口飲んで、アルチュールは息をついた。
「美味しいですね。たしかに、身体が温まります」
ガナッシュの港町で代官の横領を見つけた時から、アルチュールに休みはない。睡眠も十分に取れてなかったところに、新しい国の体制を構築せねばならないのだ。
アルチュールはカップを手にしたまま、ナーディアの横に座り直して身体をあずけてきた。
ナーディアは使用人に目配せをして、部屋から出て行かせる。最近、アルチュールのスキンシップが多いのだ。
ナーディアを信頼してくれている証だと思うが、普通は逆ではないかと思うのである。
女性が男性に甘えるのではないかと?
アルチュールがその美貌を存分に発揮して、潤んだ瞳でナーディアを見つめてくるから、結局は全てを許してしまうナーディアである。
アルチュールってこんな人だった? 王太子の婚約者時代に知っているヴィスタル侯子と全然違う。
王太子が側近にと望むほど優秀だったが、それを蹴って宰相補佐官になった人間である。
一部の隙も無いピリピリした空気を張り詰めたイメージだった、とナーディアは思い出していたが、あまり接点がなく、夜会で見かける程度だった。
ナーディアの肩に頭をあずけながら、アルチュールがカップをテーブルに戻す。
「トレファン侯爵は恐ろしい人だね。僕は自分が優秀だと思ってたんだけど、ああいう風には切れないな」
「切るって?」
「身分とか関係ないんだよ、侯爵には。その仕事に見合う能力かどうかなんだ。それを少しの資料で選り分けるんだ。
決断することを恐れないんだ」
そして、人に振り分けた仕事の責任から逃れようとはしない。だから、宰相もイースデン公爵もトレファン侯爵を王にと考えたのだろう。
王家の血筋だからじゃない。
「鉱物の研究には、感情なんて必要なかったのだろうな」
「あまりお会いしたことがない伯父様だったけれど、グランデの街ではよくお話されたし、イレーヌと婚約したわ」
母からは伯父は偏屈で変わった人間だと聞いていたけど、グランデの街にいく旅でもそういう風には思えなかった。
「それは、さすがは僕の妹だということだな。
出来のいい人間ほど、あの妹の弱さが気になるのかもしれないね」
「イレーヌは弱くないわ。グランデの街では私を助けてくれたのよ」
「侯爵が王に成るからって逃げようとしたし、ナーディアの悪口に乗った時もあったじゃないか」
アルチュールは時計を見ると身体を立て直して鏡の前に行き、髪を整え、衣類をチェックする。
「僕は、かっこいい僕でありたいんだ。でも、ナーディアは僕よりカッコいいよね」
また来る、と言い残してアルチュールは出た行った。
後ろ姿を見送りながら、ナーディアは笑顔になっていた。
自分の何がカッコいいかは分からないが、僅かな時間でも会いに来てくれたのは嬉しい。
読んでくださり、ありがとうございました。
ナーディアが世間の噂に負けないで、石を探した姿はカッコよかったのかもしれません。




