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105/120

105 侯爵の恋は

イレーヌは、ヴィスタル侯爵邸に戻ると、待っていた母と馬車に乗った。

最初は領地に行く予定である。

それから外国に行くかは未定だが、王都に戻るつもりはない。

事情を話した母は、気付いてあげれなかった、と一緒に泣いた。


揺れる馬車の窓からは、中心部から遠ざかる様子が見れる。

泣いても仕方ない、って分かっていても、流れる涙を止める術はない。


そんな娘の様子を、ヴィスタル侯爵夫人が静かに見ていた。


外から何か聞こえた。

その声は、どんどん近づいてきて、「停まれ!」

確かな言葉がする。

その声は、知っている声で、ありえない、とイレーヌは窓の外を見た。


ユークリッドが単騎で駆けてきているその後ろを護衛らしい数騎が追ってきている。


娘の様子に気づいたヴィスタル夫人も窓の外をみる。

「停めなさい」

夫人が御者に声をかける。

「お母様!」

イレーヌは、イヤイヤをするように首を横に振る。


夫人は、イレーヌの手を取って優しく話しかけた。

「私の可愛い娘、イレーヌ」

「お母様?」

「アルチュールは貴女には厳しかったわね。自分が出来るから妹もできるはずだ、と無謀なことを言ってたわ。

でも、おかげで貴女には王妃教育に負けない知識も作法もあるわ」

「お母様、私には資格がないの」


夫人は手を外し、涙の跡のある娘の頬をなでる。

「幸せになる資格は、誰にでもあるわ」


まるで、トレファン侯爵を信じなさい、と言われているようで、母の優しさが心に響く。


停まった馬車の扉が開かれる。


そこには、ユークリッドが立っていて、イレーヌに手を差し伸べる。

「おいで、イレーヌ。そのままの君がいいんだ」

自分の為に身を引こうとするイレーヌが、眩しくってしかたない。

可愛くて、美しくて、哀しい。


イレーヌは、母親に背を押されて前に出る。

決めたのに、あんなに決心したのに、だめなのに。

それでも、その手に惹かれてしまう。

手を伸ばせば届く距離。

ユークリッドは手を差し出してままで待っている。


ゆっくりと手を伸ばしたイレーヌ。


ガシッ!

ユークリッドがイレーヌの手を(つか)んで引き寄せた。

「イレーヌの意志は確認できました。

侯爵夫人、ご令嬢はいただいていきます」


「ええ、よろしくお願いしますわ」

扇子で口元を隠して美しい笑顔を見せても、娘を奪っていく男を品定めしているようだ。

さすがは、アルチュールの母親である。


ユークリッドはイレーヌを馬に乗せると、自分はその後ろに乗り、イレーヌが落ちないように後ろからイレーヌの腰に手を回す。


耳まで真っ赤になったイレーヌに後ろから話しかける。

「イレーヌが悩んでいる事に心当たりがある。全ての過去があって、今のイレーヌがある。そんなイレーヌがいいんだ」


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