10 小さな客人
ガサッ。
夕焼けに照らされる葦の茂みで音がする。
護衛に連れられて出てきたのは、痩せた子供だ。子供であっても護衛にとっては、公爵令嬢に近づく不審人物である。
「また君なのね」
そう言ってナーディアが背を向けると、護衛はその子供を脇に抱えると、河原から出て町の入り口に置きに行く。
だが、放された所からこちらを見ている。
その様子を見て、アルチュールは何度も見に来ているのだろうと思う。
たが、平民は貴族の様子を覗うような事はしない。貴族の怒りをかえば、処罰されるからだ。アルチュールも、あんな無礼な子供は鞭打ちにされるだろうと思う。
けれど、ナーディアは興味がないように
今日集めた石を袋に詰めている。
赤茶色の小さな石は、河原の表面にあったものは少なく、地中から掘り出したものだ。
アルチュールには、ナーディアが泥々になってまで集める意味があるような石には見えない。
ただの石ころだ。
まるで、幼い子供が興味を持った物を集めているようだ。
頭を打ったせいで子供返りしたのかもしれない。
どこか空気のいい領地で静養するべきだ。
ナーディアが護衛に守られて帰るのを見届けて、アルチュールが屋敷に戻ると妹のイレーヌが待っていた。
「お兄様、ナーディア様の様子はいかがでした?」
イレーヌも自分の茶会の帰りにナーディアがケガをしたのが心配なのだ。
しかも、王宮をはじめ、ナーディアの奇行の噂がてている。
アルチュールは駆け寄るイレーヌを制して足早に横を通る。
「話は後でする」
自分が汚れている姿を見られたくないのだ。汚れているだけでなく、臭いもするようで、ナーディアのケガに対する責任感で耐えたが、すぐにでも河原を離れたかったのだ。
一刻も早く身体を洗い、服を着替えたい。
部屋に戻り鑑に映る自分を見る。
「ありえない、こんな姿で外を歩いたのか」
頬についた僅かな傷が、美貌を損ねる。触ろうとした指も汚れていて声をあげそうになった。
自分が汚れているのが耐えられない。
河原での出来事は、アルチュールにとって衝撃的であった。
アルチュールは自分が納得するまで身体を洗い、服を選び、香水をつけた頃には夕食の時間になっていた。
食堂には、両親とイレーヌが揃っており、アルチュールを待っていた。
「お待たせしました。食事の後にお話しがあります」
アルチュールが席に着き、食事が始まると、イレーヌが噂の話をする。
それは、ナーディアが河原で石拾いをしているのを面白おかしく言っているものもあれば、イースデン公爵が娘の奇行を隠さないのは王太子への報復だとか ヴィスタル侯爵家でのお茶会のあとからナーディアがおかしいのは毒を盛られたのでは、というものもあった。
「イースデン公爵の真意はわからないが、ナーディア嬢の奇行は真実でした」
アルチュールは、自分が見てきたナーディアの事を話す。
今の状態は、以前のナーディアとは全く違うことを。
「まぁ。下町から河原に出る道を通るなんて恐ろしいわ」
イレーヌが言うのは、貴族令嬢としてあたりまえのことである。
「河原の石ですって? どうしても欲しいのなら使用人に取ってこさせればいいのよ」
ヴィスタル侯爵夫人もイレーヌに賛同する。
アーニデヒルトの欠片を見分けるのはナーディアしか出来ない、などと誰も知らないし、アーニデヒルト自体を知らない。
「ヴィスタル侯爵家で毒を盛られたなどという噂を流す者を許すわけにはいかない」
父であるヴィスタル侯爵は、怒りを抑えながら言う。
「しかし父上、我が家の馬車寄せでイースデン公爵家の馬車の馬が暴走したのは事実です。馬に毒を盛られたと言うのかもしれない、どちらにしてもヴィスタル侯爵家への侮辱です」
曖昧な噂は、ナーディアに毒を盛られたのではなく、馬に盛ったというのかもしれない、とアルチュールが確認する。
ヴィスタル侯爵家も全員が、ナーディアは気が触れたとの認識である。
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