無気力ヲタク大学生概論
「…大学の夏休みって、もっとキラキラしてると思ってた」
この小さな、しかし確かな呟きに今の私の全てが詰まっている。
21歳大学3年生。サークル無所属。飲食バイト。休日にわざわざ会うような友達はなし。
この言葉に詰まっている哀愁を感じ取れる人はこの人類にどれだけいるんだろうか。
年上の人からしたら所謂「まだ若くて希望に溢れている」時期は、その実は虚無感と義務感の間で揺れ動く日々だ。
大学3年生にもなれば、就職を考えなければならない。私もなんとなくの義務感でインターンに参加したりし始めている夏休み。しかし本格的に就活をするわけでもなく、義務感だけが募る日々。
サークルには入っていない。だからと言って、いつも一緒に遊ぶような友達はいない。詰まる所、夏休みの予定はほぼ空白だ。
そのカレンダーの空白に申し訳程度の飲食店バイトを添える事で、私の夏休みは成り立っている。
「休みが多いなんて羨ましい。」なんて社会人のため息に苦笑いしたくなるほど、休日もこれと言ってやることはない。
最高気温が35度を越えようとする毎日には外に出る気力も沸かないもので、実家のベッドでYouTubeを見てただただ時間を潰す日々が続くのだ。
「時間があるから取り組もう」と夏休み前に買ったウェブテストの対策本は、ページを開いた折り目がつくこともなくそのまま机に寝転がっている。
「何してるんだ、自分」
声にすらならない呟きがため息と共に出て行く。
何もできない。何もしたくない。でも部屋が暑ければ汗だけはかくし、不快な気分になる。自分の体温調節のためだけにずっと付けられているエアコンの音のなんと虚しいことか。
何かしなければいけないと思ってはいる。
そんな焦りから配信とブログだけ始めた夏休みだった。
配信とは言っても、顔出しをしなくていい所謂「お手軽Vtuberアプリ」で、話したい時に自己満足な話を数十分垂れ流すだけ。フォロワーはせいぜい10数名。2、3回の配信で1人増えればいい方で、そんなものだからモチベもなく、最近では配信回数も地を這うようなものだ。
まぁそんなことだから、ブログも言わずもがなだ。アクセス数は100に満たないくらい…この数字は「累計」だ。書いたことのない人でもわかるレベルの低アクセス数に、なんでもない日々のことを書いているだけなのに筆を折った。
何かをしては、「自分は誰にも見られていない」と諦める、そんな生活。
「何もしていない」それが今の自分への評価だ。
「大学が始まれば何かする」果たして本当にそうか。
自分の中でそれだけを繰り返しては自己嫌悪に陥る毎日。
もう嫌だ。何もしていないのに、疲れる。
そんな時にふと開くサイトは、いつものサイト…つまり、二次創作小説投稿サイトだ。
素人が自分の推しについての妄想を申し訳程度の小説のような体に仕上げてインターネットの海に流す、それだけの世界。
しかし、自分にとってはここが数少ない自分の居場所だった。
昔から、妄想力だけは豊かだった。それがヲタクだ。
そして行き着いた先がこのサイトだ。
自分の妄想を拙くとも形にできれば嬉しいという気持ちだけで始めた。そのうち、そんな文章でも見てくれる人が現れ始め、それが嬉しくもなった。極たまにだが、コメントがつくこともある。そんな自由な世界の一住民が私である。
サイトを検索し、出てきた文字をタップする。
ログインボタンを押し、一瞬、息を呑む。
そこに「新着通知あり」と表示されていれば、誰かが私の作品を見て、少しでも良いと思ってお気に入り登録をした証だからだ。
そんな思いで見た今日の新着登録は2件。まずまずと言った所で、ふと息をついた。
私が書いているのは「魔法学校モノ」の二次創作だ。私はその作品のとあるキャラが好きで、彼との生活を夢みてはそのサイトに文字を打ち込むのだ。
恋愛関係になりたいなどと言った大それたものではない。ただその人の同級生として少し近くで生活を共にすると言った程度の内容のもの。それで私には十分だった。
しかしその中の「私」は、ここにいる私とは似て非なるものだ。彼女は彼の同級生で、つまりは魔法学校の生徒で、つまりは魔法が使える高校生なのだ。
私が好きなのは彼だけではなく、その魔法学校のある世界観もである。
ゴシック建築の寄宿学校で過ごし、杖を振るって魔法を学ぶ日々は私のなんともない生活に彩りを与えてくれるもので、ささやかながらなくてはならないものだ。
スマホから顔を上げる。時計を見ると、昼近くを指している。
「バイト、行かないと」
そう呟いた20分後、私は電車の席に座っていた。
またさっきのサイトを開き、今度は周りの人に見られてはいけないと思い、少し背を丸めながらスマホを覗く。
ふと、スマホの画面が真っ白になる。何も映さなくなったその画面に、ネットが切れたのかと思いスクロールをする。
しかし、数秒経ってもその画面が再び灯ることはない。
いつもならすぐ治るのに。そう思って溜め息をつきながら顔を見上げると、さっきまでと違う光景が目に飛び込んできた。
「…ぇ、」
電車の壁が、床が、木造だったのだ。