河童(4)河童の執筆は痛快
いいえ、違います。ここは間違いなく彼の理想郷でした。なぜなら人間界同様にここが〝人生(河童生?)は畢竟不合理にして無明〟を体現しているからですし、それでいながら「(雄を求めて)雌の河童は遮二無二雄の河童を追ひかける」とか「(解雇して不要になった)職工をみんな殺してしまつて、肉を食料に使ふのです」あるいは人を殺すのに「お前は蛙だ(河童の間ではこれが最大の殺し文句)」とか「お前は盗人だ」と云えばそれで済む、それで相手が死んでしまう…など、芥川にしてみれば万事に本音が露呈して居、それが現実に〝効く〟ことや、資本家の偽善などはなくその赤裸々な本性が現れていること、などなどが実に痛快であったからです。
自分同様に迷い苦しむ詩人トック君や学生のラツプ君、あるいは常に第三者的で理知的な哲学者マツグ、激情家の音楽家クラバツクらは恰も皆我が分身ででもあるかのように常に傍らに居てくれるし、硝子会社の社長のゲエルなどは政治や実社会の実態を一刀両断にしてくれて実に痛快だ。斯くして芥川は彼の著名な鳥獣戯画を描いた鳥羽僧正覚猷のように実に生き生きとしてこの小説を、彼の理想郷を描いている。恐らく執筆していて楽しくて仕方がなかったのではないかと想像されますが、しかしそれでは画竜点睛を欠いています。ではその画竜点睛とは?それは云わずもがな、彼自身の自殺の決行でした…。
自殺の直接のきっかけとなったのは「河童」とほぼ同時期に書かれた「ある阿呆の一生」内にある「彼の姉の夫の自殺は俄かに彼を打ちのめした。彼は今度は姉の一家の面倒も見なければならなかつた」ゆえであったことは論を待たないでしょうがもちろんそれだけではありません。




