スキルオーブ
バクリ、と人を丸呑みにできるほどの大蛇の一口が襲いかかる。
探索者達はそれを横っ飛びに、あるいは転がりながら躱そうとする。
しかし、アラガミコーポレーションの部隊長はそれを避けきれずに腕が咥えられてしまっていた。
大蛇は隊長の腕を咥えたままその首を持ち上げる。
必然的に、隊長も腕ごと空中に引っ張り上げられる。
「くぅおおおおお!!!」
このまま大蛇が頭を振り回せば腕が千切れ、自分は地面に真っ逆さまだ。
瞬時に最悪の光景が頭によぎったアラガミの隊長は、目の前の巨大な蛇の眼に刀を突き立てる。
ズブリ、と刃の先端が大蛇の眼に突き刺さる。
「キシャアアアアア!!!!」
牛鬼の角を削り出して作られたハイグレード品ですら先端しか刺さらないということに隊長が驚く間も無く、大蛇は怒りを表しながらその頭を振り回す。
どのみち振り回されるならと、支点を得るとともに大蛇を弱らせ我慢比べに持ち込もうとした隊長だが、想像以上の大蛇の防御力にその目論見を外された。
隊長は咥えられた腕とわずかに突き刺さる刀を支点に必死に大蛇の頭にしがみつく。
しかし、狂ったように頭を振り払う動きに、まず僅かに刺さっていた刀が抜け、次いで咥えられていたもう片方の腕が千切れる。
宙に投げ出されたアラガミの隊長は、振り回された慣性によって斜めに叩きつけられ、そのまま地面をゴロゴロと転がっていく。
そしてそれは、加瀬の目の前でやがて止まった。
蛇はもうこちらを見ておらず、別の探索者に荒れ狂う怒りをぶつけることにしたようだ。
加瀬は横たわったアラガミの隊長に近づいて様子を見てみたが、隊長は既に事切れていた。
加瀬からすれば遥か高みの探索者である人達ですら、こんなにもあっけなく殺されてしまった。
もうここから生きて帰ることなどできないのだろう。
その事実を直視させられた加瀬は絶望する。
(やはり結局は運が全てだ。
どれだけ努力しようと最初にどんなスキルを得られたかが全てだし、あるいはこんな理不尽との遭遇で積み上げてきたキャリアが命ごと失われることもある。
結局、あいつらは運が良くて、俺は運が悪かった。それだけでしかない。
なんてくだらないんだろうな、人生ってやつは。)
「ああ、運が悪かったのは俺"達"か」
足下に転がる、企業の裏取引を行う仕事の隊長を任されるまでに登り詰めた人間だったものを見て加瀬は嗤った。
その立場にまで出世できたってことはスキルにも恵まれていたんだろうに、と。
そんな加瀬の目に、ふとあるものが映った。
それは、アラガミの隊長が背負っているバックパックだった。
ボロボロになりながらもそれはいまだに隊長の死体に身に纏われていた。
加瀬はふと、こんな事態になった元凶とも言える取引の品が気になった。
企業がわざわざダンジョン内で取引しようとしたのがなんだったのかを冥土の土産にでもしよう、と。
隊長からバックパックを剥ぎ取り、その中に手を突っ込む。
あの時ちらりと見ていたケースを思い浮かべるとすぐさま手に硬質な物が触れる。
それを掴んで取り出すと、まさにアラガミコーポレーションが受け取っていた重厚なケースが現れた。
ケース自体には留め金以外のロックはかかっていなかった。
持ち運び可能な重さで探索者に破壊されず、そしてケースに加工できる素材など早々ない。
精鋭の探索者が輸送する、というのが最大のセキュリティなのだろう。
加瀬は留め金を外し、ゆっくりとケースを開く。
そこに鎮座していたのは、紫色に妖しく輝く玉であった。
「これはまさか……スキル、オーブ?」
運は巡る、そんな言葉が加瀬の頭をよぎった。