死との遭遇
それはアラガミの取引相手がケースの中身を検めている最中のことだった。
ずるり、ずるり、と何か重たいものが引き摺られるような音とともに洞窟の壁や床、天井が小さく振動し始めていた。
「地震か……」
誰かがそのように呟いたが、誰も慌てることはなかった。
ダンジョンは人為的にも、自然災害でも壊れないのだ。
そのため、戦闘中にバランスを崩されること以外ではダンジョン内で地震を気にする必要はない。
「地震にしては音が、」
アラガミの隊長が何か言おうとしたが、その言葉の途中でバッと弾かれたかのように体を動かした。
「上だっ!」
そこからは一瞬の出来事だった。
反射的に上を見上げるとともに臨戦態勢に入るアラガミやその取引き相手の探索者達。
それが合図になったかのように動き出す"ナニカ"。
アラガミの隊長は地面に置いたケースを素早くバックパックの中に回収する。
そして次の瞬間、アラガミの隊員達めがけて上から"ナニカ"が降ってくる。
衝撃で土埃が舞う中、上から降ってきたそれはすぐに引き戻される。
そこで、ようやく加瀬の思考が追いついた。
加瀬が上に引き戻された"ナニカ"の先を視線で追うと、そこではバタバタと何かが動いている。
加瀬が目を凝らすと、動いていたのは人間の足だった。
なぜ一瞬それが人の足だとわからなかったのか。
それは、その人間の上半身が"ソイツ"に呑み込まれて口の中に隠れてしまっていたからだ。
そこにいたのは蛇だ。
ただひたすらに巨大な蛇。
目玉の直径だけで人のつま先から肩ほどもあるその蛇は、上を向きながらちゅるりと咥えていた人間を丸呑みにしていた。
「撤退だ! 出口まで全員で後退するぞ!」
探索者たちは、鎌首をもたげながら様子見をしている蛇を刺激しないようゆっくりと後退していく。
「なっ」
当然のように、出口から最も遠い加瀬を置き去りにするようにして。
この緊急事態にわざわざポーターを助けるために危険を冒すはずはない。
加瀬に残った冷静な部分はそれが当たり前だと理解してしまった。
それでも、加瀬は絶望に顔を歪ませずにはいられなかった。
そんな中、蛇は次の獲物に狙いを定めていた。
そしてそれは、意外なことに一人孤立した加瀬ではなかった。
そもそもなぜこのダンジョンにはダンジョンボスがいないとされていたのか。
それはダンジョンボスがいない、という特異なダンジョンを調査しにくる者達の前に蛇が姿を現さなかったからだ。
この蛇は、ただ巨大なだけではなく狡猾ささえ備えていたのだ。
そんな蛇が人間の前に姿を現したということは、すなわち誰一人生きて返さないという意思表示に他ならなかった。
「だめです! 出口を塞がれています!」
探索者たちは全員とぐろの檻に閉じ込められてしまっていた。
蛇はそんなまな板の上の獲物をじっくり料理するかのように攻撃を開始した。
ある者は矢のように飛ぶ毒液に首から上を消し飛ばされ、ある者は尾の一凪で絶命した。
そして、アラガミの隊長やその取引相手のリーダーなど、特に実力がある者達は蛇の頭が直接相手をしていた。
一人、また一人と死んでいく探索者達。
そしてそれは、蛇に弱者として後回しにされた加瀬の死が刻一刻と近づいているということでもあった。
出口への道は依然として、蛇の巨体に阻まれたままである。