エリート探索者にとっての日常
「では、出発するぞ」
アラガミの隊長がそう言ったが、この荷物はすべて加瀬が持つということでいいのだろうか。
荷物は加瀬が持てるギリギリの量、というよりはじめは加瀬自身もすべては持てないと思ったほどの量だった。
支給された装備の質の高さ故かすべて持てたようだが、魔物からドロップした素材は誰が持つのだろうか。
「ポーターは俺だけでいいのか?」
加瀬が尋ねると先ほどの若いアラガミの隊員が答える。
「ああ、道中の素材は捨ておいていいし、深層の素材も荷物の空きができた分だけ持ってくれればいい。深層で獲れる特定の素材がほしいだけだからな」
そういうと、さっさと行くぞと言わんばかりに顎をしゃくる。
その仕草に少しイラッとしつつもそれは表に出さず、そういうことであればと一つ頷き加瀬は依頼主達についていった。
アラガミの探索者達は道中、低層も中層も関係なく鎧袖一触とばかりに魔物を蹴散らしていく。
後方からついていくだけだった加瀬は、同じく暇そうにしている若い隊員の話し相手をさせられていた。
やはり彼は加瀬のお目付け役のような役割になっているようだ。
彼によれば加瀬に支給された装備はポーターに特化させたものらしい。
戦闘に関する機能はつけられておらず、強いて言えば積載を増やすための力の増強効果が、副次的に戦闘能力を上げているくらいだそうだ。
「それに加えてアンタは身体強化持ちだからな。うちからしたら渡りに船だったわけだ」
それらの説明から、加瀬はアラガミが元から少人数にこだわっていたということが察せられた。
「渡りに船ねえ。というか深層にこんな少人数で行くことって珍しくないのか?」
加瀬は、深層への探索というともっと大規模な人数で行くというイメージだったため、最初から気になっていたことを聞いてみる。
「それはダンジョンボスのドロップを獲りにいく時だな。深層に潜るだけならこのくらいの人数ってこともよくある」
なるほど、と加瀬は少し納得した。
「このダンジョンの深層に潜る、という時点で少人数での可能性がそれなりに高かったのか」
「そういうことだ」
というのも、このダンジョンにはダンジョンボスがいないからだ。
普通のダンジョンならば、最深層にダンジョンボスと呼ばれる強大な魔物が居座っているが、このダンジョンの最深層である穴の底にはなぜか何もいない。
このダンジョンはかなりの深さだが、それでもC級ダンジョンとされるのはそれが理由である。
そんな話をしている間も彼らはかなりの速さでダンジョンを進んでいった。
だんだんと話すことも尽きていき、やがて黙々とダンジョンを踏破し続けるだけになる。
そうして一日中ダンジョンを走る日々が五日もたったころ、一行はついに深層に足を踏み入れたのであった。
このダンジョンの深層では蛇人と呼ばれる魔物が出現する。
蛇人は頭がコブラ型の蛇で頭から下が人間のようになっている。
人のように武器を使って戦いながら、首を伸ばしての噛みつきや、鉄を溶かす酸のような毒吐きもしてくるため、加瀬はもちろん多くの探索者があっさり殺されてしまうほどの強さをもっている。
だからこそ、彼らの強さがより浮き彫りになっていた。
アラガミの探索者達もさすがに今までのペースで進むことはできなくなってきたが、それでも危なげなく複数の蛇人を倒していく。
動きのキレ、判断力、スキル、どれをとっても自分のはるか上のレベルの戦闘を見せられ、加瀬は静かに唇を噛み締めていた。
どれくらいの年月をかければ自分はこれに追いつけるのだろう、そんな考えを意識しすぎないように、加瀬はこの依頼が終わった後の金の使い方などを考えることで気を紛らわせていた。
それからはまたしても単調な道中となった。
戦闘時間は今までより伸びながらも、淡々と下の階層へと進んでいくさまは、低層から中層までとほとんど変わらないようにさえ思えた。
そうしてまた五日たったころか、加瀬が任せられていた荷物のうちの食糧が半分ほどとなってしまっていた。
支給された装備の一つであるバックパックは、素材となっている魔物の特性から、見た目の何倍もの容量がある。
それに加え、中に入れた物の重量も軽減してくれるのだが、それでも確かに軽くなっているのを実感できるくらいには減ってしまっていた。
「食糧がもう半分しかないぞ」
加瀬はそのことをアラガミの隊長に告げた。
「問題ない。予定通りだ」
しかし返ってきたのはそんな言葉だけだった。その答えに加瀬は首を傾げる。
しかし、部隊はそのまま進んでいくため、加瀬もそれ以上何も言えずに後をついていった。
それから15分ほど進むと、低層から深層までずっと変わらなかったトンネルのような道から、開けた場所へと一行はたどり着く。
このダンジョンにおいて開けた場所は、山腹の入り口を除けば一箇所しかない。
「ここは……最下層、なのか?」
やけに静まりかえったそこは、ダンジョンとは思えないほど人間も魔物も何もいない空間だった。