アラガミコーポレーション
無事深層ポーターの依頼を受注できた加瀬は、依頼日の当日、C級ダンジョン「深き穴」の入り口前に向かう。
このダンジョンは、標高800mほどの山として出現したため当時は山そのものがダンジョンかと思われたが、調査してみると山に魔物は存在せず、山の中腹に開いた洞窟がダンジョンの入り口になっていることが判明した。
洞窟はアリの巣のような、全体的に下方向に伸びた迷路になっている。
そして、中層から深層では洞窟の先は「穴」の側面に繋がっていて実質的に行き止まりだが、最深層では穴の底に出ることができる。
その穴は山の間にできた谷にも見えたが、上を見上げても空が見えないことなどから、山の内部にできた筒状の巨大な空洞であると今では考えられている。
加瀬が到着した後しばらく待つと、ハイグレード品で身を固めた5人の集団がやってくる。
今回の依頼主は「アラガミコーポレーション」だ。
この企業はクラン「荒ぶる神への誓い」を前身とする探索者企業である。
ダンジョンに関連した企業は大きく二つに分けられる。
ダンジョンから産出した素材の取引やそれらを加工した製品の販売を主にした企業と、探索者達が結成したクランが規模の拡大に伴って企業化したものである。
前者は企業内に探索者の部門を抱えつつもメインはダンジョン探索ではないが、後者は探索者が構成員の主体で、補助的に経理などの部門が設置されているものが多い。
探索者装備を作成している企業ならば自社の装備を使っているので所属はわかりやすいが、今回の依頼主の場合話しかけてみるしかないだろうか。
そう思い近づくと、加瀬は彼らの装備品に「アラガミコーポレーション」のデザインがあしらわれているのを発見した。
クラン時代下っ端だった加瀬は知らなかったが、深層に潜るほどの精鋭にもなると装備もオーダーメイドになっているらしい。
彼らが依頼主であることがわかったため、加瀬は彼らに話しかけた。
「深層ポーターの依頼を受けたものだが……」
加瀬が話しかけると隊長と思われる人物が反応し、探索者カードの提示を求めてくる。
加瀬が本当に依頼を受注した人物か確認するためだ。
手早く本人確認を済ますと、そのまま秘密保持の契約に移る。
依頼を受けた段階で法的な契約は済ませているが、深層の攻略情報などが含まれるため、わざわざスキル「契約」によるもので二重に縛るのだ。
契約のスキルは、そのスキルの効力が付与された書面を作成することもでき、契約内容についてかなり強い強制力をもって遵守させることができる。
秘密保持の場合は話そうとしても声が出せないといったことができる。
魔法契約が終わると、挨拶や雑談なども特になく隊長が近くの車を指さす。
「あのバンにお前の装備一式とポーター分の荷物が積んである。急いで準備してくれ」
加瀬が装備を確認すると、用意されていた装備は、クラン所属時代ですら使ったことがない、準ハイグレード品だった。
「これが深層に行くための装備……」
加瀬は、もしこれから探索者として上を目指し続けた時にかかるお金を想像して軽く目眩がした。
「支給品が破損し、その破損にお前の過失が認められた場合弁償してもらうことになるから気をつけろよ」
一人の若い隊員が話しかけてくる。
加瀬が猫ババしないようお目付け役としてつけられたのだろうか。
この若さで深層に潜れるなんて、と加瀬は嫉妬を覚えた。
しかしその嫉妬も、支給された装備を身につけたときの力が湧き起こる感覚とその高揚感でどうでも良くなる。
「では、出発するぞ」
加瀬が大量の荷物を背負うとすぐに隊長の号令がかかった。