第二話【冒険者ギルドへ】
朝の光が差し込む畦道を、俺たちは歩いていた。
昨日の騒動から一夜明け、モアの家で食事と寝床を与えられ、なんとか最低限の休息は取れた。マックスの案内で、俺たち三人は“冒険者ギルド”とやらを目指している最中だ。
見渡す限り、広がるのは一面の畑と草原。時折、鳥が舞い上がり、澄んだ風が頬を撫でる。昨日は混乱していてまともに景色を目に留める余裕もなかったが、こうして落ち着いて歩いてみると――確かに、都会の喧噪を離れてこういう環境で暮らすのも悪くないかもしれない。
「ねえ、カケルくん。ここって……静かで、なんだか落ち着くね」
隣を歩くマナが、ふと柔らかく笑う。
「まあな。騒音も排気ガスも無いし、人でごった返してるわけでもない。……電車の走る音が聞こえないってだけで、こんなに違うもんか」
俺が答えると、マナは小さく頷いた。
だがその横で――。
「はぁーっ! 空気うんっめぇぇぇ!! なあ見ろよあの鳥! めっちゃ綺麗な色してんぞ!!」
ハルヤは相変わらず全力ではしゃいでいた。飛び跳ねるように歩き、あぜ道から転がり落ちそうになるのを何度も踏みとどまる。
「お前……ホント元気だな。昨日、異世界に来たばっかだってのに」
呆れて声を掛けると、ハルヤは歯を見せて笑った。
「だってさ! 生まれて初めて見る景色だぞ? はしゃがねぇ方がおかしいって!」
……こいつのポジティブさだけは、世界を越えてもブレないらしい。
そんな他愛もない会話がしばらく続いたあと、俺はふと「そういえば」と切り出した。
「なあマックス。昨日、お前は“日本”に行ったことがあるって言ってたよな」
「うん。確かに言ったよ」
「そこでの話、聞かせてくれないか?」
マックスは頷き、少し懐かしむように視線を遠くに投げた。
「本当に不思議な場所だったよ。人はみんな“スマホ”っていう、光ったり音が鳴ったりする板を持ってた。街には空高くまで伸びる四角い建物が並んでいてね。夜になると、それらがキラキラと輝くんだ。まるで街全体が星空の下にあるみたいだった」
「それって、都会の高層ビルの夜景だね」
大袈裟なマックスの表現に、マナはくすっと笑う。
マックスはさらに指を折りながら思い出すように語った。
「それに……乗り物も面白かった。馬車の代わりに“クルマ”とかいう鉄の箱が道路を走っていたし、“デンシャ”とか“シンカンセン”っていう、線路の上を汽車よりもものすごい速さで走るものまであった」
「現代日本の技術を目の当たりにしてきたってワケだな」
俺は一人頷き、現代の技術が絶賛されるのを聞いて、いち日本人として少し誇らしかった。だが――。
「ただ驚いたのはね、あの世界の人間たちが“特別な力”を普通に使っていたことだよ。例えば、血液の鉄分を使って剣や盾を作り出す人とか、拳に炎を纏わせて戦う人とか……」
「…………」
俺は心の中で思わず「おい」とツッコミを入れた。
……いや待て。目からビームを出す奴が居たって昨日も言ってたよな。そんなのどう考えてもアニメか漫画、もしくは特撮ヒーローの話だろ。日本を旅行した時にテレビでも見たんじゃないか? それを現実と混同してるっていうのなら辻褄は合う。
「それで……日本語もその時に覚えたのか?」
雲行きが怪しくなったので、話を逸らすように俺が尋ねると、マックスはきょとんとした顔をした。
「ああ、君たちの母語は“ニホンゴ”っていうんだね。……でも僕は特別勉強したわけじゃないよ。この世界ではね、誰とでも“話す”“聞く”は自然とできるんだ。だけど“読む”“書く”は別で、それぞれの文化に独自の文字が残ってる。面白いだろ?」
「……自動翻訳みたいな仕組みってわけか。でも、どういう理屈で成り立ってるのかはさっぱりだな」
俺なりにその仕組みを理解しようと試みるが、半ば諦めに近い気持ちが胸をよぎる。これが“この世界のルール”だというなら従うしかない。
――まあ、何にせよ会話ができるならそれに越したことはない。俺は自分にそう言い聞かせた。
やがて道の先に、街並みが見えてきた。
白い石造りの城壁。赤茶の屋根瓦を持つ建物が立ち並び、狭い通りを行き交う人々。店先には果物や肉、香辛料が並び、見慣れない文字が書かれた看板が揺れている。
「うおおおおお!! すげぇぇ!! 完全にゲームの世界じゃん!! ほら見ろカケル! あの露店、絶対美味そうな肉串売ってるぞ! なあちょっと寄って――」
「寄らねぇよ」
俺は即答で切り捨てた。
「……でもほんと、海外旅行に来たみたい」
マナは目を輝かせつつも落ち着いた声で言った。
「なんだか、子どもの頃にお父さんとお母さんに連れて行ってもらったフランスを思い出すなぁ。ほら、こういう石畳の通りとか、古い建物が多いところとか」
「確かに、ヨーロッパの旧市街なんかに似てるな。まあ、電線が無いぶん余計に異世界っぽいが」
俺も同意見を口にする。
それに比べてハルヤは完全に観光客モードで、右に左に駆け回りそうになるが、マナと俺が両脇から引っ張ってどうにか進行方向を保たせた。
やっとの思いで辿り着いたのは、一際大きな建物。扉を押し開けると、中は木造の梁がむき出しの広間で、掲示板の前やラウンジには少人数で談笑している冒険者らしき人々がちらほら見える。
「ここが冒険者ギルドだよ」
マックスが案内し、俺たちを受付まで連れて行った。
そこに立っていたのは、犬のような耳が生えた少女だった。年は十八くらいだろうか。ぱっちりとした瞳に、尻尾を元気に揺らしながら、にこやかに声を掛けてくる。
「おはようございますっ! あ、マックスさん。今日も来てくださったんですね!」
「やあ、ペコ。今日は僕の友人を紹介しに来たんだ」
どうやら顔見知りらしい。犬の耳を持つ少女――ペコと呼ばれた受付嬢は、俺たちを見て首を傾げた。
「初めまして! 冒険者登録をご希望とのことでよろしいですか?」
「えっと……まあ、そんなところだ」
俺が代表して答えると、手続きを始めてくれる。
ところが渡された用紙を見た瞬間、俺たちは顔を見合わせた。
――全く読めない。
「うーん……やっぱりそうだよね」
マックスが苦笑し、さらりと代案を出す。
「僕が代筆するから大丈夫。名前だけ教えてくれればいいよ」
助かった、と胸を撫で下ろす。
次に俺たちに課されたのは“ステータスの確認”。
受付カウンターに置かれた透明な結晶に手をかざすと、その人の適正職業や属性、固有スキルが浮かび上がるのだという。
「ステータスって……つまり何なんだ?」
俺が尋ねると、マックスが分かりやすく説明してくれた。
「この世界で生きていく上での“才能の方向性”みたいなものだよ。適正職業は得意分野、属性は魔法の適性、固有スキルは一人ひとり違う特別な力。まあ、君たちで言うなら、運動神経とか得意科目とかに近いのかもね」
なるほど。そう言われると多少は分かりやすい。
最初に結晶に手を置いたのは俺だった。
――光が広がり、板にはこれまた読めない文字が浮かぶ。
「適正職業は……盗賊。属性は雷と光。そして固有スキルは『月光之力』ですね」
ペコが読み上げる。
「盗賊、ねえ……」
俺は思わず眉をひそめる。スリや強盗のイメージが頭に浮かぶが、マックスがすぐに補足した。
「盗賊は隠密行動や俊敏な動きを得意とする職業だよ。探索や情報収集で重宝されるし、戦闘でも立ち回り次第で活躍できる」
「……ふーん。詰まるところ便利屋みたいなもんか。派手さは無いが、やることは多いってやつだな」
俺は苦笑しながらも腹の底で思う。結局、地味でも役立つ役割ってのは現実でも同じ。誰かがやらなきゃ回らない。俺の役回りはそういうとこなのかもしれない。
「で、固有スキルってのは?」
「『月光之力』は満月の夜に身体能力が格段に強化される力です。ただし発動条件がかなり限定的ですね」
ペコが説明する。
「……よりによってピンポイントかよ。月曜限定セールのクーポンみたいだな」
思わずぼやいてしまい、ハルヤが吹き出した。
次はマナの番だ。
「職業は……精霊術士。属性は水、風、光。固有スキルは――『慈愛之心』です!」
ペコが目を丸くして読み上げる。
「グ、グレ……なに?」
マナは首を傾げた。
「これは回復や支援の力が通常よりも高くなるスキルのようですね。癒やしの才能を最大限に発揮できる、とても珍しい固有スキルですよ」
ペコが丁寧に説明する。
「え、えっと……そんな、すごいこと言われても……」
マナは頬を赤らめつつ、安堵の吐息を漏らした。
「でも……攻撃とかじゃなくてよかった。これなら……無理して戦わなくても済む、のかな」
その声はほんの少し震えていたが、同時に心底ほっとしているようにも聞こえた。
最後にハルヤが胸を張って結晶に手をかざした。
「よーし! いよいよ俺の番だな!」
期待に満ちた笑顔で叫ぶ。
――結晶が光り、文字が浮かぶ。
「職業は……剣士。属性は火と闇」
「おおっ、剣士! やっぱ俺と言えばこれだろ! んで火と闇!? カッコよ過ぎだろ!!」
ハルヤが満面の笑みで叫ぶ。
だが、続いた言葉に空気が凍った。
「固有スキルは――『問題児』です」
「……は?」
ハルヤが固まった。
「説明しますね。『問題児』は、トラブルに巻き込まれる可能性が高まりますが、その状況を打開する際に異常なほど運が味方し、チャンスへと変えるスキルです」
ペコが補足する。
「お、おいおい!! なんだよそれ!? 俺、戦闘スキルが欲しかったんだぞ!? せっかく火と闇ってカッコいいのに! なんで“問題児”なんだよぉぉぉ!!」
ハルヤは大声で叫び、ギルド中の視線を一斉に浴びた。
「やめろっての! 目立つな!」
俺は慌てて押さえ込み、マナも「落ち着いて!」と声を掛ける。
――ほんと、こいつはどの世界に行ってもトラブルを呼び込む才能だけは健在らしい。俺は心の底からため息を吐いた。
とまあそんなこんなで、ひとまず俺たち三人は正式に“冒険者”として登録された。
「それで、皆さんでパーティを組むということでよろしいですか?」
ペコが確認する。
「え? あぁ、いや僕は……」
マックスが遠慮がちに口を開いた。
「パーティってなんだ?」
ハルヤがすぐに訊く。
「冒険者同士がチームを組んで活動する仕組みだよ。互いに力を補い合うためにね」
マックスが説明する。
「でも、君たち三人は仲が良さそうだし、僕が入るのはちょっと邪魔になるかなって――」
「はぁ!? ここまで世話になっておいて“じゃあさよなら”はねーだろ!」
ハルヤが明るい笑顔で食ってかかる。
「そうだよ。マックスさんが居てくれるだけで、私たちも安心できるし……。むしろ一緒に居てくれた方が心強いなって思う」
マナは小さな声で、けれども率直な言葉を添えた。
「……確かにな。俺たちはまだ駆け出しで、この世界のこともろくに分かっちゃいない。悪いが、引き続きサポートしてくれないか」
俺も冷静に言葉を重ねる。
マックスは少し目を見開いた後、柔らかく笑った。
「君たちがそこまで言うなら。――じゃあ、よろしく」
こうして、俺たち四人は正式にパーティを組むことになった。ペコはその旨も登録すると伝え、書類を片付ける。
「さて……じゃあ最初の依頼は何にしようか」
掲示板を見上げながらマックスが言う。
「魔物退治!!」
ハルヤが即答した。
「「却下」」
俺とマナが揃って反対する。
「はは。どのみち初心者に魔物退治は危険だからね。そうだな……まずは人助けからがちょうど良いんじゃないかな」
マックスが選んだのは二つの依頼だった。
一つは荷物運び。もう一つは、迷子になった中流貴族の令嬢“エリカ”の捜索依頼。
「荷物運びはちょっと……嫌な思い出がある」
俺は顔を引き攣らせて言った。なんせ元居た世界最後の記憶が、段ボール運びからの階段落下だ。縁起でもない。
「なら……迷子探しの方にしよう」
マックスがそう言い、俺たちも同意する。
「見つけるのは貴族の令嬢かぁ……。ゲームだとだいたいイベントの匂いしかしねぇんだよな」
ハルヤが俺の方を見てニヤつきながらぼそっと呟く。
「ゲームと一緒にするんじゃねえよ。……まあ、イベントの匂いがするのは否定できないけどな」
俺はハルヤの言葉に突っ込みつつも、予想される展開に思わず口元がわずかに緩む。
「でも、迷子の女の子を助けるっていうのは……ちょっと素敵だね」
マナは安心したように、微笑みながら言った。戦闘ではなく人探しなら、彼女にとっても気が楽なのだろう。
こうして、俺たちの最初の冒険は決まった。
――正直、まだ現実感なんて全然無い。昨日の今日で「冒険者」なんて肩書きを背負い、こうして依頼を受けようとしている。冷静に考えれば頭がおかしい状況だ。
でも、立ち止まっても仕方がない。俺たちはもう、この世界に足を踏み入れてしまったんだ。
最初の依頼は「迷子探し」。簡単そうに見えるが、世の中そう甘くはないだろう。増してやここは異世界。俺たちの想像もしない事態が待ち受けている可能性だってある。
――それでも。
ここで引き返す選択肢は、もう無い。
だからせめて、できることは一つだ。
目の前の道を、幼馴染と一緒に歩く。
俺は深く息を吸い、胸の奥で呟いた。
(行くぞ……俺たちの“最初の冒険”へ)
【今回の新キャラクター】
名前:ペコ
性別:女
年齢:18歳前後
職業:冒険者ギルドの受付嬢
特徴:犬耳と尻尾を持つ亜人族の少女。ぱっちりした瞳と明るい笑顔が印象的。
備考:元気っ娘だが礼儀正しく、敬語で話す。マックスとは顔なじみで、彼に対して親しげな態度を見せる。ギルドの実務をしっかりこなしており、冒険者登録に必要な説明やフォローも的確。
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【今回の新情報】
・異世界で使われる「言語」は、話す・聞くことについてはどの文化圏でも自動的に通じるが、読む・書くは各国ごとに独自の文化として残っている。
・冒険者登録には「名前の記入」と「ステータス確認」が必要。ステータスは“適正職業・属性・固有スキル”を示す。
・カケルの適正職業は「盗賊」、属性は雷と光、固有スキルは「月光之力」。満月の夜にだけ身体能力が飛躍的に強化される。
・マナの適正職業は「精霊術師」、属性は水・風・光、固有スキルは「慈愛之心」。回復や支援に優れる希少なスキル。
・ハルヤの適正職業は「剣士」、属性は火と闇、固有スキルは「問題児」。トラブルに巻き込まれやすくなるが、危機的状況を打開する際に運が味方する。
・マックスは当初パーティ加入をためらったが、三人の強い希望を受けて正式に合流することとなった。
・掲示板の依頼の中から、荷物運びはカケルの過去のトラウマにより回避。最初の依頼として、迷子になった中流貴族の令嬢“エリカ”の捜索を受けることが決定。




