【第10話】—リコイル大感謝祭—
ガサガサ。ゴソゴソ。
教科書、教科書。ファイルはここで、このプリントは……このファイル。ノート。このノート盛大に破れてんな。
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
城山の桃色の瞳は申し訳なさに染まっている。
「別に新しいの使えば済む話だ」
「……でも中身が……」
「書き写せばいいだろ」
「……しかしそれでは」
「少なくともノートの心配してる時じゃないだろ」
「……はいぃ」
筆箱を拾うと、一瞬ナイフに手を触れそうになる。
「これって普通のナイフか?」
「……はい」
「普通のナイフって替刃要るか?」
「……えっと、そこのネジみたいなものを緩めて……」
「これか?」
刃の付け根のダイヤルっぽいものを回すと、刃が簡単に取れた。
床に落ちている替刃と比較せずとも、全く同じであることは分かった。
「ほら、危ないからしまえ」
ナイフを手渡した。
「……その渡し方が危ないですって」
「じゃあカバーをくれ」
「……自分のにも付けたらどうですか」
「いや元々外してないが。見えなかっただろうから大丈夫かなって」
「……ハッタリだったって事ですか」
むぅ、と言ったように頬を膨らす。
「……第一、私は近接戦闘は得意では」
「んでこの拳銃はどうすればいい?」
床に落ちていた拳銃に興味が湧いていた。
「……危ないですよ」
「持ち方はこうか?」
「……話を聞いてください」
「安全装置はどれだ?」
「……いやですから話を」
「これか?」
「良いですか!それを渡してください!説明しますから!」
すぐにそれを手渡した。ここまで怒るとは。
「銃は無差別〇人兵器です!使い方を間違えると自分や仲間を傷つける事すらあるんです!」
「でもさっきそれを俺に」
「これは空包です!実包じゃないですが!それでも距離を開けるべきなのに!自分から近づくなんて何を考えているんですか!死にたいんですか!馬鹿なんですか!」
「わ、分かった」
どうもこの子のスイッチがよく分からない。
「ともかくあっちで説明します!」
そう言うなり、彼女はスッとマガジンを取り出し、スライドを何度か前後にカチャカチャと往復させて掌に乗った銃弾をそのままマガジンに詰め込んだ。
本体はスライドが後退したままの状態がキープされていて、それをそのままスカートの内側に戻した。
「行きますよ!」
俺はそのままてくてくと前を歩く城山を追いかけた。
Later……
「……ここが射撃場です」
思ってたより広いし、何より的の位置が遠い。
ともかく、城山の怒りが収まったようで何よりだ。
「……それで、旭さんがどうしても撃ちたいって言うので説明しますが」
前言撤回。かなり根に持っているらしい。
「……旭さんのそれを、開けてください」
アタッシュケースの中身の内のもう一つ。小箱を開けた。
「これか?」
「……それでケースは……これですね」
手渡された黒いプラスチックの箱の中身は、拳銃本体の部分だけ綺麗に抜けていた。
「……まずは基本です」
——全ての銃に共通することですが銃口は迂闊に前に向けない事。
——人が前を通る時や密集している時は銃口を上または下に向けてください。
——射撃するとき以外は常に安全装置を掛けるのを心掛けてください。
——あとトリガーに指をかけておかないでください。何かの拍子に撃ってしまう可能性があります。
——銃口の方向に味方や一般人が居ると流れ弾を命中させてしまうことがあるので、標的の周りや後ろにも注意してください。
——銃を使わない時は薬室内に弾が入ったままにしないでください。
——そして当たり前のことですが、絶対にふざけないでください。よく話を聞いてください。武器を持った時点で貴方は悪魔と契約していると思ってください。
「……まだ言いたいことはありますが、注意点はこんなものでしょうか」
「多くないか?」
怒涛の説明全てを頭の中に叩きこむだけで一苦労だ。
「……切羽詰まっているので粗い方です」
城山は俺が持っているものと同じものを用意して説明を始めた。
——まず大雑把にこの拳銃の説明をします。
——この銃は《ストライカー方式》を採用したもの……と言っても特に意味がないので省きます。
——ここがスライドキャッチです。左右が連動していて、スライドが後退した状態でこれが残弾を押し上げるパーツによって押し上げられるとスライドが固定されます。そしてここを下げるとリコイルスプリングの力でスライドが前進して戻ります。
——スライドが前進するときに弾が薬室に送り込まれます。
城山の物を借りて空のマガジンを挿し、スライドキャッチを下げる。するとスライドが前進した。
——そしてセーフティーはトリガーセーフティーなのでトリガーに指を掛けると解除です。
——射撃時には後ろから見てフロントサイトの出っ張りがリアサイトの間に来るように狙えば正確に狙えます。
——旭さんは右利きなので、握り方は左手を上にして両手の親指を本体に添えるような形で握ってください。
——マガジンの底に左手を添える持ち方がよくありますが、これは暴発したときにガスが直撃して非常に危険です。
——デコックするにはトリガーを引く必要があります。
——ストライカー方式はコッキング状態が分かりにくいですが、この拳銃は後ろのこの部分を見ると確認する事ができます。弾が入っていると赤くなります。
——ここのマガジンリリースを押し込むと、自重でマガジンが落下するのでそれを取ります。
——リロードにはいくつか方法があって、薬室に弾が残っている場合はそのままマガジンを差し込むだけで大丈夫です。
——打ち尽くしてスライドが後退している時はマガジンを差し込んでからスライドキャッチを下げます。
——そしてもう一つはマガジンを差し込んでから、スライドを手で後ろに引きます。そのために凹凸があります。
——そしてスライドを離すとスライドが戻ってコッキング完了です。
——ストライカー方式のスライドは固い傾向がありますが、それでも比較して固いというだけなのでそこまで苦労はしない筈です。
——戦場などの切羽詰まっている状況では手元の細かい操作がしにくいので、基本はスライドを引く方法が多いです。
——使わない時はマガジンを抜いて、スライドを前後に動かしてエジェクションポートから弾を取り出し、スライドを後退させた状態にして置いてください。そうすれば薬室内も確認できるので一目で安全だと分かります。
「……では試しに撃ってみてください」
そう言ってスライドが下がった状態の拳銃とマガジンを手渡してきた。
もう既に頭がパンパンだ。
——基本的に無いと思いますが、拳銃を渡すときはマガジンを抜き、スライドを後退させた状態にして装填されていない事を証明するのが普通です。
手渡された拳銃を右手に持ち、左手でマガジンを押し込んだ。
「……リロード中にトリガーに指を添えると危ないですよ」
そう言われて初めて気付いた。慌てて右手の人差し指を本体に添える。そしてスライドを引いて、離す。
左手は被せるように、親指は本体に添えて……。
——構える時は肩幅より大きめに開いて利き手の方の足を半歩下げて。
右足を半歩下げる。
——お腹に力を入れて上半身を少しだけ前に傾けます。
お腹に力を入れて、上半身を前に傾ける。
「……力を入れ過ぎです。上半身も傾け過ぎなので少し起こしてください」
力を抜いて、上半身を少しだけ起こして、フロントサイトをリアサイトの間に合わせて……
——両手を伸ばして、肩の力を抜いてください。首は傾けずに真っ直ぐ。
「結構難しいんだな……」
——そして前にある足の方に体の重心を寄せて、反動は後ろ側に逃がすのが良いです。
トリガーに指をかけて、30m先の的に向ける。よく狙って、トリガーを引いた。
パァン!
掌から衝撃が伝わり、体中を駆け巡る。反動が地面に逃げる。薬莢が床に落ちる軽やかな音がする。もう一発、
パァン!
するとスライドが下がったまま固定された。そのままマガジンを抜いて、
「なぁ」
「……はい」
「よく創作で見る、弾切れになった拳銃の『カチッ、カチッ』って言うの、あれは何だ?」
「……自動式拳銃は打ち尽くすとスライドが下がったままになります。弾を押し上げるパーツ、これがトリガーをロックするのでそもそもトリガーを引くことができません」
「リボルバーは?」
「……回転式拳銃はスライドがないですし。それかよほど古い自動式拳銃でないと、スライドが後退したままになります」
「へぇ……」
「その回転式拳銃とやらはあるか?」
「……一応」
「撃って良いか?」
「……撃たれたことはありますけど、面と向かって聞かれるのは初め」
「絶対何か間違えてるだろ。それで的を撃って良いかって聞いてるんだよ」
「……だったら良いと思いますよ。人によって使う武器は異なりますし。この際自分に合った武器を探すのも良いと思います……とりあえず的を回収しますね」
「確かに何か言ってたな」
蘇る古の記憶……!落とし物ッ……!忘れ物ッ……!探し物ッ……!獲物ッ……!どれも全く身に覚えが無いッ……!
「……少し左に逸れていますね」
「……あれ?よく狙ったはずなんだけどな」
「……トリガーを引く時の指の円運動で左にブレるんですよね、少し」
ほへぇー。
「……少々お待ちを」
いつものUSBを——挿した。金属の棚がぱかっと開く。
その中から一つリボルバーを取り出した。
——S&W社のM360です。これは『SAKURA M360J』、日本警察が使っているモデルです。
ほへぇー。
——弾薬は.38スペシャル弾ですね。装弾数は5発です。
——とりあえず撃ってみてください。
「えぇっと?」
本体側面のレバーらしき物を押し下げると、シリンダーが横に飛び出して来た。五つの穴が綺麗に並んでいて美しい。桜の花に見えてきた。
弾を込める。綺麗に弾が収まるのは見ていて気持ちが良い。
これと言った安全装置が見当たらないが、鍵穴のような何かはある。
そもそも狙いにくい。
ボガァァン!ボガァァン!
重厚な音が射撃場に響く。顔に向かって吹っ飛んでくるような反動が手を襲う。
「流石に、ここまでの反動は要らないな………」
「……次はこれを」
「お、あぁ」
そう言われて思わず手に持っている得物をそのまま置いた。
「……危ないですね。せめて弾を抜いてください」
すると城山はおもむろにそれを拾い上げた。
そしてそのままボガァンボガァンボガァン!と片手で残弾を撃つ。慣れた手つきでサムピースを押してシリンダーを解放し、エジェクターロッドを押して排莢した。
「おぉ……」
この人、只者じゃない……。
「これは……?」
見た目はどことなくピストルっぽい。その割にはごちゃごちゃしていて、でかい。
——H&K社のMP7です。Personal Defense Weapon、頭文字を取って『PDW』と言う分類の銃器カテゴリーですね。
——使用する弾薬は4.6x30mm弾で、一般的な拳銃弾の9x19mm弾より貫通力があるとされています。尤も、その弾薬が珍しいものなので調達はしにくいです。
——グリップの内側にマガジンを挿して、ボルトをリリースして、安全装置を解除です。
——安全装置はセレクタと同一で、セーフ、セミオート、フルオートの三種類。
——連射するときは、反動に気を付けて、指切りで撃ってください。
——ストックを伸ばして、肩に付けて反動を受け止めてください。たまに肩に乗せるなどの描写がありますが、ストックの意味を成さなくなるので止めてください。
トリガーを引くとドン!だかダン!だかの中間の銃声がする。ストックのおかげでリコイルがピストルより制御しやすい。連射してみる。
ダダダダダダ——
と言う銃声と一緒に、反動が襲い掛かってくる。銃口が上に跳ね上がる。
「これは……結構面白いな」
「……何がですか?」
その他にも、『SIG MPX』、『20式5.56mm小銃』、『M249(MINIMI軽機関銃)』などと言った物を撃ってみたが、俺はある一つの銃に目が言って仕方が無かった。
「あれは?」
「……あれは少し難しいと言いますか、色々慣れが必要と言いますか……」
城山が珍しく口ごもった。
「まぁ大丈夫だろ」
「……はぁ」
Later……
「もう大丈夫だ」
「……凄いですね。すぐに習得できる物でも無いのに」
「俺の長所だからな」
「……そろそろ行きますか」
もう五時か。昼もあんま食べてないな。
「……もう一人呼んで三人で行きます」
「で、何故お前が」
「これでもわたくし、強いので」
「根拠が無くて説得力も無いな、夢」
「旭様!わたくしの名前を呼んでいるのは私の家族と主人様、旭様だけですよ!」
「いや、だから何だよ!」
「苗字で呼んで欲しいのです!」
「嶋野」
「何かが足りないですね。旭様」
「今度は何だよ……」
「やっぱり名前で呼んで欲しいです」
「何なんだよ……」
『嶋野 夢』、コイツといるとやっぱり疲れる……。本人はそんなことも知らずにネオンピンクの瞳を輝かせて、ツインテールを揺らしている。
「……それで、場所はどこですか?」
「えぇとですね。ここから電車で二時間、徒歩一時間の山の中です」
電車に揺られる。揺られる。揺られる。
「……長くね?」
「……山の中なので、仕方ありません」
城山はミックスナッツの袋を開けて、中身をつまんでいる。対して、夢はゼリー飲料を両手で掴んで飲んで(食べて?)いる。
「ナッツ、好きなのか?」
「……特にそうでもありませんが、職業柄」
「職業柄……?」
「……旭さんも食べますか?」
選ばれたのは、アーモンドでした。
「いや、いい」
「そこを素直に食べれておけば、ワンチャン間接キスもあったかもですよ?」
と、夢。思わずツッコみたくなる。
「いやどう言うルートだよ」
「手が口に付いて、その手で旭様に渡すルート」
「……楽しそうですね」
そう言いながら城山は手を拭いている。
「……食べますか?」
「俺の軽食は基本的にビターチョコレート以外あり得ない」
「……そうですか。実はさっき手を拭いたのってウェットじゃなくて、ドライのティッシュだったんですよね」
「いや、だから何だよ」
「……冗談です」
「と言うか、それ重そうだな」
城山の足元に鎮座しているでかいボックスに視線を向けた。
「……慣れたら軽いですよ」
「夢のは結構軽そうだが、それに対して鞄が重そうだな」
パンパンのリュックに、隙間から飛び出しかけている何か。それが傘だったりゴーグルだったり双眼鏡だったり。
それに対して俺は武器のケースに予備弾薬、観測用の機器。機器に関しては夢の鞄の中だから、武器と弾薬。それぐらいだ。
「俺が持った方が良いよな」
女子一人が負担していい重さではない。
「……大丈夫ですよ旭さん。任せておけば良いです」
城山に止められた。
「でも重いだろ」
「……旭さんが気にすることではありません」
「ふふっ。旭様、信用されてな~い」
「なん、だとっ……!」
こっちはお前の心配をしてやっているというのに。心配するだけ無駄か。
Change perspective……
「リーダー、まだ来ている様子はありません」
「それくらい知ってる」
「警戒しっぱなしですよ」
リーダーの警戒のスイッチが入ったままで、殺意むき出しの状態だ。
「あいつのことが世界一嫌いだから」
「何故そんなに?」
「無責任だから」
森の中にポツンと存在するビル街。そのビルのてっぺんで、リーダーの髪が風に揺られていた。
ヘイワ学園ヘイワ部所属、1-B上河椛。階級、operator。
ただいまです。久しぶりに長“め”になりました。
長くたっていいじゃない。大体5000字だもの。
銃はまだ詳しくないですし、急に部品の名前が出てきて読者様置いてけぼりですし。
まだ成長の余地があるってもんですなぁ。
え?ない?やかましいわ。