【第9話】—実は空包でした—
駐車場……?
目が覚めた。
「よい、しょ……?」
身動きが取れない。手錠で立ったまま柱に縛り付けられている。幸い、足はフリー。
「起きたか」
今、何時……?
「安心しろ。まだ夜の7時だ。ほら飯だ。やるよ」
知らない男に焼きそばパンを渡される。多分さっきの男。
「……要らない」
何をしてくるか分かったもんじゃない。毒が入っているのかもしれないし、もしあたしが人質なのであれば、きっと睡眠薬が入っている。しかもラップが巻いてあるとはいえ、知らない人が持っていた奴だ。余計警戒せずには居られない。
腕を蹴り飛ばした。焼きそばパンが宙を舞う。
「勿体ないだろ。はぁ、それでまだ動けるのか」
そう言って近付いてくる。一歩ずつ、確実にこっちに近づいてくる。
「……来ないで」
「安心しろ」
一瞬で距離を詰められ、みぞおちに拳を入れられる。
「うぐっ」
「悪いな」
そして左肩がチクッと痛んだ。
「ぁ、ぁ」
意識が急速に吸い込まれた。駄目だ。こんなのに負けてられない。急いでここを出ないといけない。それでもあたしの意思に反して、体は自分の意識を落とそうとしてくる。そしてついに意識を落とした。意識が無くなる直前。もう一つ、手錠が閉まる音がした。
Change perspective……
要が、誘拐……?
「……上河さんも居ません。二人共、行方不明です」
……
「……私の所為です」
…………
「……助けに、行きますか?」
「だよな!それでこそウチだもんな!」
「……やけに楽しそうですね」
「そう見えるか」
「……ごめんなさい」
Later……
先生に「早退します」とだけ伝えて帰る帰り道。先生もある程度察したようで、「そうか」とだけ言っていた。
「それで?拳銃すら握ったことないんだが?」
ただし段ボール製を除く。
「……前に届いたのがありましたよね?」
「銃刀法に引っ掛かるの面倒だし、素手では触ってない。箱開けただけ」
肝心の物は今左手のアタッシュケースの中だ。
「……困りましたね。撃ったことは?」
「逆にあるとでも?」
段ボール製だと勿論火薬を使えないので、輪ゴムのみ。何ならバネも。そもそも危ないので、火薬を扱ったものは撃ったことがない。
帰路を急いだ。俺と桃音は二方向に分かれ、帰宅を急ぐ。
「……あの」
芯のない小さな声で呼び止められて、俺は思わず振り向いたが、武器を握る姿も想像できない程に華奢な姿が物理的じゃない意味で目に飛び込んで来た。拳銃の反動を耐えられそうに無い細い手指、体を支えられるか心配になる足、転んだだけで骨折しそうな腰。どれもそう表現できそうな細さだった。そして今どういう状況なのか自覚して、俺は我に返った。
「ん?どうした?」
「……どこに行かれるんですか?」
愚問だなと思った。
「そりゃ家だろ」
「……えっと、何故帰られるんですか?」
理解に苦しむというような感じの顔を向けられたので俺も思わず困惑した。
「……帰らないのか?」
「……ついてきてください」
「?……おう」
俺は若干訝しみながら、桃音の後についていった。橋を渡り、大通りを過ぎて、また曲がる。丁度ラッシュ時間帯を過ぎて、時間も時間なのでそこまで通行人も多くない。段々市の中心部に近づく程、人通りが多くなってきた。何なら制服姿が少し目立つ。
「なぁ、どこまで行くんだ?」
「……あと少し、でしょうか」
10分程歩いたが、未だに辿り着かない。何故帰宅しないのかも気になるし、何より目的地が伝えられていないのも怪しい。ノコノコとついていかない方が良かったかもしれない。
「……ここです」
役所の電気施設の傍なので周りに人通りもなく、何なら存在感も皆無。犯罪が起こりそう。役所の傍だけど。何なら敷地内だけど。
空き地と言うか何というか。役所の敷地の端の小さなスペースに、地下に続きそうなハッチが設置されている。取っ手が無く、恐らくロックが掛かっているので力づくで引っ張ってもとしても開かないだろう。
「いや立ち入り禁止だって」
「……関係者以外は、ですね」
見覚えのある物が視界に映った。前に見た感じ恐らくUSB3.0とか3.1とかだろう。荷物をもう片手に寄せて、反対の手でそれをかざした。ラインは桃色だった。
ピピッ
ハッチがぱかーっと開いた。電子ロックなのかよこれ。
そのまま中に入ると自動でハッチが閉まった。ちょっとした階段があり、少し暗いなと思いつつそこを降りていった。下の方は廊下になっているようで、照明の光が床に反射して階段もまぁまぁ明るい。問題の廊下に出るとありがちな大きな厚い扉があった。そこもUSBをかざしたら余裕で通れた。
「どう言う仕組み?」
「……実はこれ、ICチップが埋まっていて、改札も通れるんです。嘘です」
USBにそんな機能があったとはな。知らなかった。
「はぇー」
「……嘘だと言いましたよね」
「知ってるが」
後ろの扉が閉まる重く鈍い音がした。黒い扉は重々しく、それでいて頑丈で、弾丸を通すようには見えない。がっちりとしていて油の具合も非常に良さそうだ。留め具が外れかけてるうちの家の扉と大違いだ。
「……ここが、第3射撃場です」
「ひぇー」
いやそんなことを言われても分からないから。ここ廊下だから。俺透視出来ないから。
「……射撃を行う為の場所なので、何箇所かにさっき通ったような防音扉があります」
だからあんなに分厚い訳で。
「ふぇー」
「……ふざけてます?」
閑話休題。
「ところで」
「……はい」
「思いっきり隠し持ってるが良いのか?」
「……バレました?」
「そりゃ、まぁ」
さっき階段にいた時に床から反射してきた光でスカートに変な影ができてたからとか言えねー。
そもそも何だ。スカートの生地薄くないか?
「なぁ」
「……はい」
「それっていつでも取り出せるようにする為か?」
右の太ももにバンドを付け、そこに仕舞う。するとスカートの内側にあるので外からは見えないし、取り出すのも容易になる。俺にはできなさそうな芸当だ。女体化でもしない限りはな。
「……そうですね。どこから襲われても瞬時に対応できるように。安全装置はかけてますが」
なんか模範解答みたいな言い方だな。そんなことはどうでも良いとして。
「でも街中ではマズくないか?」
「……流石に場所は選びますね」
アメリカでない限り、街中だと一般人が混乱するのは目に見えている。もしかしたらアメリカでもそうかもしれないが。
「こう言う閉所だと?」
「……大丈夫です」
「じゃあついてこない方が良かったって言う選択肢が出来そうだな」
俺はそこで立ち止まった。数メートル進んだところで、桃音も立ち止まり、90度、中途半端に振り向いた。
「……どう言うことですか?」
「お前は知らない人に場所も知らされずともついて行くのか?」
「……心配性ですね」
「普通にあり得るかもしれないだろ?」
「失礼ですね」
桃音が荷物を放り投げ、勢いよく振り返る。振り返るのと同時に髪とスカートが舞った。細い手には拳銃が握られていて、前髪の向こうに隠れていた庇護欲を刺激する瞳は、今や冷たく、かつ楽しそうに、そして敵意たっぷりではっきり獲物を捉えていた。
「勿論ですよ」
彼女は口角を上げた。安全装置が外れる音が聞こえた気がした。
前方に回避の行動を取った。勿論、避けられるとは思っていないが。体勢を低くすることで被弾を抑えようとする。引き金を引かれた音がした。
パァン!
一発目の銃声が鳴った。恐らく外したと思われる。
己の無事を祝う暇もなく、せめてもの防御に手に持っていたアタッシュケースで体を守る。
パァン!
二発目の銃声が鳴った。アタッシュケースで命拾いしたのかどうなのかは知らないが、多分運が良かった。少なくとも被弾していないのは確かだ。俺は生死を賭けた博打に出た。右手の鞄を桃音に向かって投げつける。
バァサッ
「っ!?」
中身が宙を舞い、桃音の視界を奪う。同時に左手に持っているアタッシュケースを壁に叩きつけた。
ガンッ!
ロックが外れて、中身が出てきた。すかさずそれを拾い、桃音との距離を詰めた。
パァン!
見事にノートを撃ち抜いてきた。これでお互いに視界はクリア。だが時すでにお寿——遅し。
桃音に悪いが強くぶつかり、壁にぶつけた。そして左手で桃音の右手を壁に押えつけ、俺の右手のそれを桃音の首筋にあてがう。他の所も動かせないように、体をほとんど密着させ、壁に押し付けた。
「ほらあり得ただろ?」
「……」
桃音は硬直している。
「まだやるか?」
「……はぁ」
桃音はため息を吐くと、右手に握った拳銃を床に落とした。
「……調子が狂いますね」
「そうか」
「……さも他人事かのように言わないでください」
「実際他人事だし」
「……降ろしてください」
降ろせ、とは多分このナイフの事だ。
「まだ抵抗の余地がありそうだなって」
「……この状況で出来る訳無いと思います」
勘は見事に当たった。という訳では無く、さっき階段に居た時に以下略。
カラン
ナイフが落ちた。
「……これで」
「替えの刃も」
「……そうですよね」
カラカラと、替えの刃が数枚落ちた。
「……とりあえず抵抗しないので離れてもらって良いですか?あとそこはかとなく恥ずかしいので」
「それは済まなかったな」
俺はナイフを下ろし、桃音を解放した。
「……こんな風にやられたこと初めてです」
「悪かったな」
「……痴漢ですか?」
「正当防衛だ」
痴漢とは人聞きが悪いな。冤罪だ。
「……そもそもやられたこと自体初めてです」
「そりゃ光栄だな」
「……何がですか?」
「俺がお前の初めてだったようで」
「……変態です」
「人聞きが悪いな」
桃音が頬を薄く朱に染めた。うわカメラ欲しい。
パシャ
「……本物さんでしたか」
桃音は完全に呆れた様子だった。
「全く桃音は人聞きが悪いな」
「……苗字呼びでお願いします」
「初めて聞いたぞ、それ」
成程。どうやら俺は要と長時間居る所為で、名前呼びに慣れてしまったのかも知れない。
で、その肝心の要が行方不明だという事を思い出し、
「急ぐか。城山」
「……その前にここを片付けます」
教材。真ん中で破れたノートの残骸。ボロボロのアタッシュケース。拳銃。ナイフと替刃。その他諸々が床に散乱していた。
「……だな」
久々(?)の戦闘シーンじゃー!ウッキウキだぜ!
このテンションはとりあえず置いときましょう。何なら廃棄しても良いかも知れません。
ここで架空の国の話をしましょう。その国は、あるべくして滅んだのです。
ゑ?間が無いって?いやいやいや、私今全部話したじゃないですか。
『その国は、あるべくして滅んだ』って。