訪問 (3)
こぽこぽと音を立てながら、深い緑色の茶が注がれた。
心を落ち着かせる香りを含んだ香りが室内に広がる。
馴染みのない空気を吸い込み、マリーは興味深くソフィアの手元を見つめた。
「友達のヘルガが、この前東洋に行ったお土産にくれたんです。とても苦いんですって。ヘルガは旅行が大好きなのですけれど、さすがに文化が違いすぎてびっくりしたそうですわ。異国情緒に溢れ過ぎていて、旅行を早めに切り上げたとか……本当かしら。ところで」
相変わらずよく回る舌を披露し、女主人は青色の目をきらりと光らせた。
詮索好きにありがちな光に、少女は何となく居心地悪さを味わう。
「その後ケルナーさんとはいかがですか? 何か進展はありました?」
「特に何も。そもそもあまり会話しませんし」
固い声を返しながら、ソフィアの手作りらしいかぼちゃのパイをフォークで割る。
口に運ぶと、仄かな甘味が優しかった。
マリーの「美味しいです」という感想に微笑んだ後、ソフィアは肩をすくめた。
困ったような表情を作り、大げさに両手まで広げてみせる。
「ケルナーさんも報われませんねえ。マリーさんも、もう少し温良に接して差し上げたら?」
「リヒャルトが少しでも譲歩するのなら、私も善処します。でも口を開けば意地悪ばかりだし、たまに弱気だったかと思えば次の日は元通りだし……たまにしか優しくないし」
「素直じゃない者同士の恋って、面倒臭い事この上ありませんね」
「何ですって!?」
ソフィアの率直過ぎる感想に対し、マリーは反射的に腰を浮かした。
思わず動かした指先で、薄紅色の爪がカップにぶつかる。
危うく倒れそうになったそれを二人してかばい、一安心と息をつく。
我に返ったマリーは、自身の取り乱した姿を恥じた。
ゆるゆると座り直しながら、上気した頬のまま先程の言葉を続ける。
「じょ、冗談じゃありません……。どうして私があの人と」
「あら、違いました? 惚気にしか聞こえない台詞でしたから、てっきり」
のんびりとした言葉は、さり気ない非難とも取れる。
ようやく落ち着き始めた頬の熱に触れて、マリーは俯いた。
その拍子に、視界の隅にソフィアのカップが入り込む。優しい青磁色をした陶器。
マリーは、それがユリウスの物と対になっている事を発見した。
来客が複雑な思いで手元を見ている事には気づかないらしく、ソフィアが青い視線をうっとりと天井に向ける。
「ああ、でも素敵です! 元は大嫌いな相手と育む愛……。家庭にとって一番大事な物は愛でしょう。愛は惜しみなく与う、と言いますし」
「……けれど、愛が無くても子供は出来るでしょう」
マリーがリヒャルトに好意を抱いていることが前提の言葉に、マリーはほとんどむきになって言い返した。
苦し紛れだとしてもあまりに姑息な反論に、ソフィアの顔が凍りつく。
マリーも自分が何を言ってしまったのかに気づき、居心地悪く視線を外した。
「……マリーさん、大丈夫ですか? 本当に何もなかったの?」
ソフィアの心配そうな声には答えず、マリーはカップを手に取った。
東洋からやってきた濃緑色の茶を啜る。
ソフィアの言った通り、それはとても苦かった。
***
「あれ、もうお帰りですか? 送って行きま……いや、冗談だってソーニャ。殴らないで顔が命だから」
どこかぎこちないお茶を終えた二人が玄関で話していると、傍の扉からユリウスが顔を出した。
間髪入れず振り上げられた右手をかわし、マリーに向けて笑顔を作る。
「送って行けないのは非常に残念です。リヒャルトによろしく」
「ええ、承りました」
「あいつについて分からない事があったらいつでも聞いて下さいねー。あ、知ってます? あいつ両方の太ももに痣があるんですよ。左右対称の」
「そ、そうですか」
(いつ見たんでしょう)
少々疑問に思いつつ、苦笑を隠して頷く。
じっとりとした視線を夫に向けるソフィアに背を向けた時、マリーはふと気まぐれを起こした。
こういう思いつきもたまには悪くないかもしれない。
「あの、ユリウスさん」
「何でしょう」
愛想よく答えたユリウスに、マリーはある質問をした。