表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/41

無関心

(……気まずい)


 足元の子猫に牛乳の入った皿を差し出すついでに、マリーは青年の顰め面をこっそりと伺った。

 空気が重いのは、窓を叩く雨のせいだけではないだろう。

 会話が無いのはいつもの事なので別に構わない。

 しかしあんな事があった翌日だと、どうも沈黙が不快感を伴なうようだった。

 和やかな朝食の雰囲気などは欠片も存在しない食卓に、マリーはため息を禁じ得ない。

 リヒャルトはと言えば、何が気に入らないのかむすっとした表情で新聞を捲っている。

 淡々と出来事を告げる日報によれば、南西部の州では内乱の火種が燻っているらしい。

 マリーの記憶によれば、そこは確か十数年前に他国から略した土地だったはずだ。

 政府からの扱いは決して良くないはずなので、報道内容は当然と言えば当然だろう。

 新年早々物騒な事だ。

 マリーは短い打音を響かせる窓にちらりと目をやった。

 この時期の雨は、下手な雪降りよりも余程気温を下げる。

 陰鬱な色をした雲を見つめ続けるというのは、あまり面白い行為ではない。

 だが運の悪い事に、硝子から視線を逸らした先には純色の瞳があった。

 慌てて菫色の瞳を伏せるも、相手はそれを見逃してはくれない。


「何だ」

「いえ……そう言えば、貴方は綺麗な共通語を話すのですね」

「何を今更」


 微妙な空気を何とか打破したいマリーが口にしたのは、予てからの小さな疑問だった。

 リヒャルトの言葉には、クローネ特有の──レイデンの旧貴族に言わせれば低俗な──訛りが一切ない。

 その場しのぎではあるが、少々気になっていたのもまた事実。

 同じ言葉であるだけに、細かい訛りを無くすにはそれなりの労力を伴なうはずなのだが。

 少女のそんな疑問を、青年は鼻で笑う。


「その気になれば誰だって出来る。というか、お前がクローネ公用語を話す気はないのか?」

「何が悲しくてわざわざ訛りをつける必要があるのです」


 一言多い台詞に言い返しながら、マリーは内心少なからず安堵を覚えていた。


(よかった、いつも通り)


 胸を撫で下ろすのとほぼ同時に、しかしこれが“いつも通り”ではおかしい事を思い出して、マリーはぎゅっと唇を結ぶ。

 一方のリヒャルトは何か思い出したようで、狼の目を左上に持ち上げた。


「……まあ、母がレイデン系だったのもあるか」


 マリーは思わずそちらを見た。

 あまりに意外だった。

 彼の上背やしなやかな筋肉質の肢体は典型的、あるいは理想的なクローネ人の容貌であって、どこか線の細いレイデン系の特徴は見られない。

 マリーの疑問を看破したのか、リヒャルトが短く口を開いた。

 

「父親似なんだ」


 それ以上の追求を拒む声に身じろぎ、マリーは小さな声で「そうですか」と答える。


「初耳です」

「何が悲しくていちいちお前に報告する必要がある」

「……ええ、無いでしょうね。私もあなたに興味がありませんし」


 先ほどの自身の発言を揶揄されたようで、マリーは精一杯意地の悪い答え方をした。

 しかしリヒャルトには何の痛手にもならなかったらしく、黙殺される。

 白磁のカップを両手で持ち、マリーはそっぽを向いた。 

 彼のこれまでが全く気にならないと言えば嘘になる。

 しかし深く追求する気はないし、興味など持ってはいけないのだ。

 ローズマリー・ミュートスは、リヒャルト・ケルナーが嫌いなのだから。


(でも……)


 ほんの僅かだけ、彼の写真がない事を惜しく思わなくもない。

 そのおかしな感情を打ち消すように、マリーは首を振る。


 偽夫婦の朝食風景は少しの物音と雨の音、それから猫の欠伸を背景音にしていた。

 会話は無い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25 お礼閑話更新しました。(一種類)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ