来客 (3)
「ユリウスは昔から女の子を追いかけてばかりで、私と婚約してからもそれが続いたんです。私もう頭に来てしまって、思わず大声で言ってしまいましたわ。私のお腹にあなたの子供がいるのを知ってもまだ遊ぶ気なの? って。その時のユリウスの顔ったらもう、マリーさんにも見せてあげたかったわ。あの驚きよう! 男の人を知らない内から子どもが出来るわけがないのに、本当にお馬鹿さんと言うか何と言うか。……ところで、マリーさんはお料理がお上手ですのね。このリンツァートルテ、もう一切れ頂いてもよろしいかしら」
「ええ、どうぞ召し上がって下さい。ソフィアさんは本当に、ご主人とお仲がよろしいんですね」
「自分で言うのも何ですが、ご近所からもおしどり夫婦だって言われていますの」
彼女が口を開いた瞬間に明らかになったことだが、ソフィア・ディートリヒ夫人はかなりの饒舌家で、客間に通されてからもひっきりなしに喋り続けていた。
ソフィアの話からは、彼女が幸せな結婚をしたことがありありと感じ取れる。
それに対して何も思わない訳では無い。
けれど普段ならはしたないと眉をひそめそうな話題も、ソフィアの口から出れば楽しめた。
マリーは知らず知らず、口元をほころばせていた。
それはただ単にソフィアとの会話が面白いからではなく、彼女がテーブルの上の菓子類を喜んで食べている事も一因だった。
自分の作ったものを喜んで食べてもらえるのは嬉しい。
叔父のアンソニーは食の細い方だったので、久しくこの喜びを忘れていた。
(……そう言えば)
目を細めてクッキーを口にするソフィアを眺めている内に、マリーは何となく思い出した。
リヒャルトはいつも朝食をまともに取らない。
ライ麦パンと珈琲、それから稀に林檎を口にしてさっさと出て行ってしまう。
夜は夜で外で食べるか、そうでなければマリーのいない間に済ませてしまうかだ。
だからマリーは、リヒャルトが何を好きで何を嫌いだか知らない。
考えてみれば、彼について何も知らないのだ。
「マリーさん? どうかされましたの?」
「い……いえっ、何も!」
「それならいいんですけど……」
無意識の内にむすっとした表情になっていたらしく、ソフィアが心配そうに声をかけてきた。
マリーは慌てて首を振ったが、相手はその不機嫌を自分のせいだと受け取ったらしい。
ソフィアはしばらく視線をさ迷わせ、やがて放置された花瓶に目を止めた。
「その花瓶はどうされましたの?」
「あ……、ごめんなさい。実は、お花を用意するのを忘れてしまって。今片付けますから」
マリーが立ち上がると、何か思い出したらしいソフィアが急に声を上げた。
「やだっ、こちらこそごめんなさい!これを持ってきたのをすっかり忘れてましたわ!」
そう言って、膝に置いた籐籠をごそごそし始める。
マリーが腰を浮かせたままそれを見ていると、ソフィアは籠から何かを取り出した。
乾燥させた、千日紅の花束だった。
千日もの間色褪せないという花をマリーに差出し、ソフィアはにっこりと笑う。
「ご存知かもしれませんけれど、千日紅の花言葉は『永遠の愛』でしょう? 新しいご夫妻にぴったりだと思って」
(やめて下さい!)
ソフィアには悪気の欠片も無いことが分かってはいても、ぞっとする。
やや震える手でソフィアから千日紅を受け取り、花瓶にそっと挿す。
周囲の地味な色に相反する鮮やかな朱色は、テーブルの上で程よく強調された。