79 レオン
79
――― レオン ――――
久しぶりにザイダイバとリアザイアの国境近くの街へ来た。
山と国境に挟まれたこの街は重要な場所のようでいて見捨てられているような場所でもあった。
リアザイアの国境内にある街だが、何かあれば山を迂回して支援を求めるよりも国境を超えて隣り合っているザイダイバの街に頼ることが多い。
だからこの場に限って言えばザイダイバが優位だが、街ではザイダイバの民が国境を超えて山に狩りや山菜、果物を取りに行くことをある程度は黙認しているので、この曖昧な境界線の中微妙なバランスを保っている。
街の教会には犯罪を犯したり領民を虐げて罰を受けた貴族が送られてくる。
今いる神父やシスターは60代以上の者が多いのはそのためだ。
いくら神父やシスターといえどプライドの高い貴族の横柄な態度や物言いにはうんざりするだろう。
初めのうちは突然生活が変わったのだから仕方がないと許していても、考えを改める元貴族はなかなかいない。
何を勘違いしているのか自分の召使いのように命令する者もいるらしい。
若い神父やシスターは他の街の教会に移動を願い、経験を積んだ者だけが残る。
そうなると脱走も容易くできてしまう。
逃げる先はもちろんザイダイバだ。
そこで大抵の元貴族達は有り金をはたいて貴族に返り咲こうとする。ザイダイバの貴族に取り入ろうとするのだ。
だが余程価値のあるリアザイアの情報や商才がなければ無理な話だ。
大抵の元貴族達はザイダイバの貴族達に使われて終わる。
そこまでしがみつきたいものなのか俺には理解できない。
街の宿屋へ向かうと以前と変わらないオヤジがいる。
「よぉ、オヤジ。久しぶりだな」
「なんだレオンじゃないか。生きていたのか」
「オヤジは少し頭が薄くなったな」
「コノヤロッ」
軽口をたたきお互い笑う。鍵をもらい2階の部屋へ向かう。
荷ほどきをして下に戻りオヤジにこの辺りで最近変わった事はないかきいてみる。
「この辺りは何も変わっちゃいないなぁ。ただ少し前に山を越えた向こう側の森で大型の熊の魔獣が出たってよ。リアザイアの第二王子が討伐したらしい」
「大型の魔獣か。珍しいな」
「そうなんだよ。しかもその後森の方から来る奴らにきいた話だと小型の魔獣も森から姿を消したとか言っていたぜ。山を越えてこの街に来る奴はいないからもしかしたら山の方にはいるかもしれないがなんだか不気味だぜ」
山の向こうで何が起きているのか……
宿を出て街を歩いていると顔見知りに会う。やはり似たような話をきいた。
夜、久しぶりに山の温泉へ向かう。
ここはまだ誰にも知られていない場所だから1人になれるし、昔はよく来ていた。
温泉へ通じる道と呼べるものはないけれど、何度も行くうちに比較的歩きやすく最短で行ける道を見つけた。
今夜は月が雲に隠れていていつもより暗いけれど所々星が見える。
相変わらずなこの場所と動物達。
服を脱ぎ身体を洗い湯船に浸かる。
岩に背を預け目を閉じてみるとお湯の流れる音と動物達の足音。それから歌…………歌?
きいたこともない愉快な歌。
しかも歌っているのは女性。こんな時間にこんな山奥に?
一瞬警戒をするけれど、歌が面白くて我慢できずに笑ってしまった。するとピタリと歌が止まった。
しまったと思ったが彼女が様子を見にザブザブとこちらへ向かってくる気配がする。
こちらへ来てしまう前に声をかけた方がよさそうだ。
「あぁ……すまない。驚かせたくなかったのに……貴方の歌が……フフッその……素晴らしくて……」
思い出したらまた笑ってしまった。
「お猿さんが喋った……?」
これには声を出して笑ってしまった。腹のそこから笑ったのは久しぶりな気がする。
人間の男だとわかると慌てた様子を見せたので、そちらへは行かないからと伝えた。
本当はこの愉快な女性の姿をみたい所だが怖がらせたくはない。
挨拶をしてどうにか落ち着いてくれたところで少し話をする。
またここに来るかときかれたから次に会う約束でもするのかと思ったらここに来る時間をずらそうという話で少しガッカリした。
けれどあと3、4日、彼女は今日と同じくらいの時間に来ることがわかった。
警戒心があるのか無いのか……辺りの気配を探ってみても彼女以外の人の気配はしない。
ここへは最近よく来ると言っていたがこの暗い山の中女性1人で帰るのか?
あまり警戒はされたくないのでひとまず納得した振りをして明日に繋げる。明日また同じ時間に来よう。そうしたらもう少し話ができる。
翌日の夜、温泉へ向かい昨日と同じ場所で待っていると、彼女が来た気配がする。
お湯に浸かった頃合いを見計らって声をかけるとかなり驚かれてしまった。
申し訳ない事をしたがその慌て振りがおかしくてまた笑ってしまった。
顔を合わせて話したいと言うと少し迷っている様子を見せたがあまり近づかないならいいと……いいのか?
だからといって信用されているとは思わないので慎重に行かなければ……と思いゆっくりと彼女の方へ向かう。
いつもは1人だったし彼女と話が出来ることに少し浮かれてしまっていたのかもしれない。
うっかり腰にタオルを巻かずに近づいてしまった。
彼女が叫び声をあげることはなかったがタオルを投げつけられてしまった。
警戒されない程度に彼女を見る。
こんな所にこんな時間に1人で来るのだから……しかもこの状態で俺との対面を許すくらいだから勝手なイメージで、もっとたくましい女性かと思っていたが……
華奢だ。小さい顔に大きな瞳、桜色の唇に濡れたうなじ……これは……まずくないか? ギュッと腰のタオルを巻き直す。
彼女が落ち着いてから話し始める。
住んでいる所は教えてもらえなかったが家族は遠くにいると言っていた。国外かと聞いたが曖昧な答えだった。
もしかしたら家族はすでに亡くなってしまったのかもしれない。
仕事の話になったから彼女の仕事も聞いてみたらメイドだと言う。
正直少し意外だったが……変わった歌を歌ったり少し変わった話し方をする時もあるがどこか気品がある雰囲気だからもしかしたら位の高い貴族の屋敷で働いているのかもしれない。
待遇もいいと言っていたからやはり……それならば公爵家でも働けるだろうか。ザイダイバの王都に来て住み込みで働いてもらう事になるが、俺の代わりに様子を見てきて欲しい。
その事を頼むとまだ2度しか会っていないのにといわれたが、根回しはしておくからと言うと休みが取れたら行ってもいいと言ってくれた。
君の方こそ出会って間もない俺のこんな無茶な頼み事を聞いてくれるんだね。
思ってもいなかったその返事に嬉しくなり抱きつこうとしたら平手打ちされてしまった。
たいして痛くはなかったが痛がる振りをして彼女の気を晴らす。
裸の付き合いなんて冗談を言ったが案外それも良かったのかもしれない。
俺も普段は会ったばかりの奴をそう簡単には信じない。
彼女、ノアは特別だ。あの歌に焦り方……思い出すだけで頬が緩む。警戒しろと言う方が無理だ。
とりあえず休みを貰えるか確認するからと、明日の同じ時間にまたここで会う約束をする。
今後の事を話し合う事にして今夜は解散した。




