76 メリッサメイド長
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―――― メリッサメイド長 ――――
厄介事…………かと思いました。
王城でのお茶会の後、王妃様に呼ばれお部屋へ行きました。
「メイドの中に茶色い髪と目の見かけた事のないコがいるはずだから、休憩が終わったらここへ来るように伝えてちょうだい。もう1人貴方が信頼できるメイドも付けて私が呼び出したと気づかれないようにお願いね」
……メイドに紛れ込むなど一体どこのどなたがそんな愚かな事をしたのでしょう。
更に王妃様は続けて
「彼女には何も訊ねてはダメよ。しばらくは好きなようにしてもらうつもりだから。ただ、メイドのお仕事を覚える意欲があるようならきちんと教えてあげて欲しいの。その辺りの判断は貴方に任せるから」
どういう事でしょう。
おそらく私が王妃様にその彼女について訊ねてもお答えは返ってこないと思います。
気まぐれや殿下目当てのご令嬢が紛れ込んだのではないのでしょうか。
王妃様がお城で好きにさせるということは信頼のおける人物……ということでよろしいのでしょうか。
きちんとメイドである私ともお話の通じるご令嬢ならいいのですが。
小さくため息をつきながら使用人用の食堂へ行くと、いらっしゃいました。
王妃様のおっしゃる通り、茶色い髪に茶色い目のスラリとした少女……? いえ、成人して2、3年でしょうか。20歳のメイドのメアリと同じくらいに見えます。
お名前を存じ上げないですしお訊ねすることもできないので、そこの貴方。と声をかけてしまいました。
「休憩が終わったら王妃様のお部屋へ。今いるメイドと交代してください」
「はい!」
思いの外良いお返事が返ってきました。
王妃様は私の信頼できるメイドを1人、彼女に付けるようにとおっしゃっていました。
私はメアリに彼女と王妃様のお部屋へ行くようにと彼女には何も訊ねないようにと伝えました。
メアリも不思議そうな顔をしていましたがすぐに彼女と一緒に王妃様のお部屋へ向かってくれました。
メアリの母親リリアは私の大切な人でした。
メアリは母親のリリアが亡くなった時に私と初めて会ったと思っていますが、私はメアリの事を産まれた時から知っています。
だから信頼できるメイドと言われ、真っ先に思い浮かびました。
私とメアリの母親リリアは私が10歳、リリアが8歳の時に出会いました。
私は伯爵家の生まれで兄と姉がいます。両親の期待は全て上の2人に向き、私はただ2人の邪魔にならないように、両親の言うことを聞いていればいいというような育ち方をしていました。
物心つく頃にはすでにそうだったので疑問に思うこともなかったのです。
あのままではいずれ家にとって有益な嫁ぎ先を両親が見つけ愛のない結婚に何も思うこともなく嫁いでいた事でしょう。
ある日、姉が街に買い物にいくというのでついていったことがありました。
馬車に乗り道行く人々を眺めながら姉が言いました。
「私達は貴族に生まれて良かったわね。綺麗なドレスに美味しいお菓子、大きなお屋敷に使用人達。いずれは我が家の爵位以上のお金持ちの旦那様と結婚して今以上の生活ができるはずだわ」
そうですね。と当時の私は本当にその通りだわと思っておりました。
貴族至上主義の両親の信念は完璧なまでに私達子供に受け継がれておりました。
姉が買い物をしている間、私は少しだけ街を歩いてみることにして歩き出すとメイドと執事が1人ずつ護衛も兼ねてついてきました。
すると1人の女の子が近づいてきました。
メイドと執事が止めようとしましたが私が構わないわと言い後ろに下がらせました。
女の子はとても可愛らしい顔立ちをしていましたが着ているものはそれ程いいものではありませんでした。
私のことをじっと見つめて言いました。
「お姉さんキレイね」
「ありがとう。貴方も可愛いわよ」
ニコリともせずそう答えると、女の子は少し悲しそうな顔で、でも……と続けました。
「お姉さんは貴族さまなの?」
「そうよ」
「かわいそうね」
「…………………」
かわいそう……可哀想? 私が? なぜ?
「これどうぞ」
可愛らしい笑顔で渡されたのは、道端の花をまとめた小さな花束……
「ありがとう……」
そういうと彼女はどこかへ走っていきました。
馬車に戻り少しすると沢山の箱と袋を抱えたメイドと執事を連れた姉が戻ってきました。
「貴方も買い物をすればいいのに。あら、なぁに? その汚い雑草は。捨てなさい」
そう言われたけれど私は捨てられなかった。姉はそんな私の事より買った物に夢中だったのでお花は屋敷まで持って帰ることができました。
お花は花瓶にいれて一輪だけしおりにしました。
私は今まで両親の言葉も兄と姉の言葉も言われるがまま受け入れてきました。
ですが……あの女の子の一言に私はたくさんの疑問を持ちました。
「かわいそうね」
貴族の私が可哀想? 服もドレスも宝石もたくさん持っている。お菓子も毎日食べられるしお風呂だって毎日入れる。いずれは両親が決めたお相手と結婚だってできる。
貴族の私が可哀想なはずはない。
今までそんなことを言われたことがない。
もう一度会ってお話がしたいと思いました。
彼女のこの一言がきっかけで私は両親の貴族至上主義を疑問に思うようになりました。
そうなると彼らの言葉が全て薄っぺらいもののような気がして一言一言に疑念を抱くようになり、家族と一緒にいるのが疲れるようになっていました。
それから私は貴族らしく、買い物に行くといい街でリリアと会うようになりました。
リリアと話をする度に私には感情が芽生えていき、色のない私の世界がカラフルに彩られていく感じがしました。
そうなると家にいるのが余計に辛くなってきました。
けれどしばらくするとメイドか執事が両親に私が街でリリアに会っていることを報告され、リリアとは会えなくなりました。
それでも私は私の人生を考える事をやめませんでした。
リリアが教えてくれた世界。私もそちらへ行きたい。
私は18歳で成人したらこの屋敷を出ようと決めました。
それまでに屋敷のメイド達にさりげなく仕事の事をきき、メイドに関する本も読みました。
両親の私への興味は益々なくなり、人に仕える仕事なんて……ととても嫌な顔をされました。
けれども王城ならばとようやくお許しが出て、最後まで体裁に拘っていたこの屋敷を私は出ていく事ができました。
それからはまたリリアと交流を持ち、たくさんお話をしました。
家を出て王城のメイドの仕事についた私をリリアはキラキラとした目で見つめ、すごいわ! と言ってくれました。
ある日リリアが体調を崩し、その後子供ができたと聞かされました。
お相手には私は一度もお会いすることなく、出産前に事故で亡くなられたとききました。
だから出産には私が立ち会いました。
小さくて弱々しくて可愛い赤ちゃん。
リリアが名前はメアリにするわと言いました。リリアとメリッサの名前を混ぜたみたいでいいでしょ? と。
何かあった時は必ず私を頼って欲しいと約束して私が休みの日はなるべく子育てのお手伝いをしました。
手がかからなくなってくると私は少し離れた所から二人を見守ることにしました。
リリアが亡くなった時はすぐに迎えにいき色々と教え込みました。必死になっている間は悲しみも和らぐでしょう。
これは自分のためでもありました。
少し厳しすぎたかもしれませんが彼女は頑張りました。
リリア、あの子はもう大丈夫。
私達の可愛い子…………




