54 ノヴァルト
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「覚えていますか、私が幼い頃に何日も高熱に浮かされていた時の事を」
始めて彼女が現れたのは、私が発熱して3日目の夜だった。
眠れず熱は下がらず食事も食べられず、水すら飲めなくなっていた頃だった。
薄暗い部屋の天井を見つめているとキラキラとした光の粉が舞い始めた。
最初は誰かがドアを開けて廊下の灯りが入って来たのかと思ったが違った。
本当に光の粒が降ってきていたのだ。私は朦朧とした意識の中光の粒が集まり始めた辺りを見つめていると、部屋の中なのに、フワリと風が吹いた。
目を閉じて開くといつの間にかベッドのそばに彼女が立っていた。
彼女が現れた瞬間、部屋に花の香りと森の爽やかな空気が満ちて呼吸がしやすくなったような気がした。
彼女は目を閉じていたが光の粒が徐々に無くなるとゆっくりと目を開けた。
「※※? ※※※※? ※※! ※※※※※※※!」
何を言っているのかわからなかった。
熱のせいではなく、彼女の話す言葉がわからなかったのだ。
「※※※※……※※※? ※※※※※※※※※※」
彼女が何と言っているのかわからなくて泣きそうになっていると、
「あら? あなた熱があるの?」
突然彼女がこの国の言葉を話し始めた。
私が驚いていると彼女が私の額に手を当ててきた。
冷たくて気持ちが良かった。
「やっぱり熱いねぇ……」
彼女はしばらく考える素振りを見せてからフワリと微笑み、
「大丈夫だよ。良くなるから」
と、私の手を握り頭を撫でてくれた。
私は彼女をもっと見ていたかったのに突然眠気が襲ってきて、3日ぶりに朝まで眠る事ができた。
朝目覚めると彼女の姿はなく、誰に聞いても知らない見ていないと言われ、母上には泣かれてしまった。
私も最初は夢だったのだろうかと思っていたが次の日の夜も彼女は現れた。
また光の粒と共に現れた彼女は歌を歌ってくれた。
私の知らない言葉にメロディーだったけれどそれはゆっくりと落ち着いていて心が安らぐものだった。
また寝てしまう前に彼女の事を観察した。
薄暗い部屋のわずかな灯りを反射して艶々と輝く黒髪に黒曜石のように煌めく黒い瞳。
今までみたどの黒よりも黒く、夜の闇よりも深い。
彼女がニコリと微笑み頭を撫でてくれた。私も微笑みを返したかったのにそのまま目を瞑ってしまった。
眠りに落ちるその瞬間まで私は確かに彼女の存在を感じていた。
翌朝、やはり彼女はいなかった。
熱はまだあるが少し下がったようだった。
眠れるようになってから少しだけ体力も回復していた。
その日の夜も彼女は現れ、私は今夜こそ彼女と話がしたいと思った。
まだ熱のある私の額に触れ、頭を撫でてくれる彼女に、ようやく微笑み返す事ができた。
それから彼女に話しかけようとしたが声が掠れて上手く話せなかった。
代わりに彼女がいろいろな物語を話してくれた。
どれも初めてきく物語だったが、その中に王子のキスで姫にかかっていた呪いが解け姫が目覚めると言うものがあった。
真実の愛の口付けはどんな魔法もどんな呪いも解いてしまうらしい。
私は彼女に何かあったら私の愛で彼女を救うことができたらいいな、と思った。
私が食事を取る事が出来るようになり体力も回復してくると彼女は現れなくなった。
私はどうしてもまた彼女に会いたくて夜遅くまで起きて待っていたがいつの間にか眠ってしまい、彼女が来た気配も感じられなかった。
それから何年か後にノクトとノシュカトと私の部屋に集まり彼女の話をした。
そこでの話を弟達が覚えているかはわからないが、私はもう一度彼女に会いプロポーズをすると話すと弟達も結婚すると言っていた。
その時、彼女の声が聞こえた気がした。弟達も聞いているはずだ。
彼女が近くにいるような気がしたけれど、それから十数年彼女の気配を感じられなかった。
それが突然、ノクトがカーティス領へ向かう前日の夜、この部屋のバルコニーに出ると彼女が空から降ってきた。
落ちていく途中で消えてしまったが、昨日の夜彼女はここに現れた。
「そして今日、彼女がノシュカトを連れてきてくれました。ノシュカトを穴から救い出しケガを治してくれたのは彼女だったのです」
これまでの事を私の気持ちの一部とプロポーズの辺りの話を除いて皆に話した。
それからノシュカトに目覚めてからの事を話してもらい、ノクトとオリバーにも彼女とどの様にして出会ったのかを話してもらった。
ノクトは彼女の力をいろいろみていたようだ。
やはり光の粒と共に現れ、宙を舞い見たことの無い毛色の猫を連れていたらしい。
そして驚くことに大型の魔獣を討伐したのはトウカだった。ノクトの話では討伐というよりも浄化されたようだったという。
オリバーも驚いていたようだから知らなかったらしい。
皆トウカに会っていたがそれぞれが口止めをされていたようだ。
どうやら彼女は静かに暮らしたいらしい。
彼女が私達に自分の事を話してくれるのは信頼してくれているようで嬉しい。
彼女の望むような生活を続けられるようにしてあげたいが、私はトウカに側にいて欲しい。
ゆっくりとこの城にも慣れてくれると嬉しいのだが……
一通り皆が話終え、次はこれからの事を話す。
「今夜、夕食後トウカが城へ来てくれます。そしてここにいる全員で彼女の話を聞きます。トウカは穏やかな生活を望んでいます。彼女の不思議な力は多くの者に知られると戦争の火種にもなりかねない。おそらく彼女もわかっているのでしょう。利用しようと考える者が出てくるとトウカはこの国を捨て、出て行きかねない」
これは絶対に避けなければならない事だ。
「ここにいる全員を私もトウカも信頼している。彼女については知らないことが多すぎるが、幼い頃の私と今回ノシュカトを救ってくれた事に間違いはない。全ては彼女の話を聞いてからですね。今夜夕食後、もう一度ここへ来て下さい」
皆それぞれの職務へ戻って行った。
そして夕食後、再びこの部屋へ集まった。




