20 オリバー
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「グリアは本当に立派な馬ですね。馬の神様みたい」
トーカがグリアを誉めてくれる。嬉しいが……現実は……
「皆が怖がるのは神だからかも知れませんね」
つい皮肉を言ってしまう。
彼女はなぜかわからないという顔をしているので続ける。彼女に言っても仕方がないのに止まらない。
「他の馬よりも大きいんです。私も他の騎士達よりも大きいので……だから私も怖がられてしまうのです………特に女性には……」
言ってしまった。
これで終わりだ。もっと話がしたかったがもう無理だろう。彼女も……本当は怖いはずだ……
「みる目のない人を振り向かせる必要はないと思います」
ハッとして視線を上げると彼女が頷く。
信じられずに怖くて聞けなかった事を聞いてしまう。
「……トーカ……さんは怖くはないのですか」
「鍛えぬかれた身体はその人の努力の証です。グリアが美しく健康でいられるのも大切にお世話をされているからでしょう。努力ができて動物を大切にできる人がどうして怖いのか私にはわからないです」
心底わからないと言うような表情から微笑みに変わり更に彼女は続ける。
「私は始めから怖いなんて思っていないからそんなに気を遣わないで、お互い自然体でいかない? オリバー」
そう言い微笑むトーカ……あぁ……本当に彼女は何なのだろう……神が私にくれた天使だろうか。
泣きそうになる顔を誤魔化すように笑い、トーカにお礼を言う。
するとトーカは立ち上がり、私の頭をその小さな手で優しく撫で始める。
驚いたが……子供に戻ったようで心地よく……続けて欲しくて大人しくしておく。
俺は夢をみているのだろうか……
風が吹き、トーカの長い髪が舞う。
視界がふさがれ、よろけたトーカが俺の頭につかまりバランスを取ろうとするが……結局俺の方に倒れてきた。
その勢いに押されて俺も倒れそうになると
信じられないことにトーカは俺を守ろうとした……
俺が倒れて頭を打たないようにギュッと抱きついてきた。
そうすると、トーカの胸が俺の……か、顔に……柔らかい……身体は華奢で…………髪がサラサラと俺に流れて来る。
花のような甘い香りにクラクラする……これは……まずい……
身体の一部が熱を持ち始める感覚に焦るが……トーカが怪我をしないようにゆっくりと倒れた。
まさか女性が俺を守ってくれようとするとは。
今まで見てきた令嬢たちは守られて当然という態度で俺もそう思っていた。
騎士という仕事とこの身体で人の盾になることはあっても守られる事はない。
トーカは本当に天使なのかもしれない。
倒れた体勢のまま謝りながら俺の顔や頭をペタペタと触り、必死に無事を確認している。
この体格だ、こんなに心配されることもなかったから何だか…………
嬉しさと気恥ずかしさから顔が熱くなる。
あぁ………もう駄目だ……俺は彼女の事を…………
トーカの黒く美しい髪がカーテンのように俺の横に流れて来る。
トーカの顔しか見えなくなり、口づけをしてしまいそうになる。
俺を異性として意識していないのか……彼女は無防備過ぎる気がする。
ありがとう、とお礼をいいながら俺を意識して欲しくてトーカの髪に触れてみる。
少し照れたような顔をしたトーカに満足してトーカの背中を支えながらゆっくり起き上がる。
「フフフ……鍛えていてよかったね」
可愛らしく言う。本当にその通りだと俺も笑う。
もう誰に怖がられようと、トーカがいてくれれば、トーカを守れるなら俺はこの身体を誇りに思う。
思いがけず楽しかった夕食も終わり、約束通り家まで送ると伝える。
トーカは馬に乗った事がないらしい。乗る前に律儀にグリアへ挨拶をしてしばらく撫でる。
グリアもトーカを気に入ったようで甘えている。
俺が先に乗り、戸惑っているトーカへ手を差し出す。
トーカの小さく柔らかい手を取り引きあげる。
高さに驚きそれから少し恥ずかしそうにしているのが可愛らしい。
照れ隠しのように猫を呼び膝の上で撫でている。
抱き締めたい衝動を押さえながら、どちらへ向かうか聞くと、教会へ………という。
そうか………彼女は孤児院に住んで……いるのだろうか?
身なりや髪に肌……ただでさえ平民の格好をしているがとてもそうは見えないのに………しかし今はいう通りにする。
今日出会ったばかりで知らないことが多すぎる。
もっとたくさん話がしたいが、今回は魔獣討伐のために来たのだ。
きっちりと職務を全うしなければ、領民の……ここで暮らしているトーカに危険が及ぶかも知れない。
教会の前で彼女を降ろす。
「ありがとう。オリバー。あ……あのね、私のこの髪のこと、誰にも言わないで欲しいの」
普段はベールで隠しているという。
綺麗な髪なのでもったいないと思ったが、昔その色で辛い思いをしたらしい。
黙っていると約束をし、再びグリアに跨がり走らせる。
明日も会いたかったが、約束は出来なかった。
帰ったら夕食後にでもノクト殿下に聞かなければ。
「……この魔獣はおそらくもういない……」
あの言葉の意味を。




