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55 甘い匂い

「ゼニーヌ……貴方……」


 彼女のそばを離れる際、これでもかと厳重に封をしたのに、あの状況からフローナを出し抜いて脱出した? どんな魔女だってそんなことは不可能だ。できるとしたらーー


「悪魔……なのですか?」


 肉体という領土を獲得した爵位持ち。人類最大の天敵。


「そ、そんな!? 酷いです姫様。私が悪魔だなんて……な~んて、今更言っても無駄ですよね」


 ゼニーヌの顔から気弱な一面が消え去り、変わりとばかりに容姿も服もそのままに、別人のような妖艶さを放ち始める。彼女は全裸のフローナを後ろから抱き抱えるようにして持つと、その首筋に舌を這わせた。


「そうでーす。私は悪魔なんですよ。あっ、ちなみにローズマリー様のお父様を呪殺した犯人も私なんですよ。ごめんね、姫様」

「馬鹿な。王妃の近衛である貴様には特に念入りな調査を行ったはずだ。貴様が魔女、ましてや悪魔であるはずが……」

「ああ。聖水入りのお風呂に入るよう指示を受けたり、教会に通うよう言われたり、挙句、聖女に色々調べられましたね。あの時の聖女さんってまだ何も問題起こしてないんですか?」

「それはどういう意味だ?」


 問いつつもブライス卿は魔力を練り上げる。だが動けない。そしてそれは私も同じだった。ラウがそばにいることを差し引いてもこの重圧感、男爵や子爵ではない、伯爵、あるいは……もっと上位の悪魔?


 自然とデビルキラーを持つ手に力が入る。ゼニーヌが妖艶に笑った。


「いえ、色々調べられてる間暇だったので、ちょっと聖女に悪戯してみたんですよ。こういう風に」


 途端、世界が変わる。空気が甘い匂いを放つようになり、戦闘中にあるまじき感情が体のうちから湧いてくる。


「これは……」

「私は魔界を統べる七柱の王の一人。色欲を統べる私に掛かれば、肉持つ生物に宿る願望を肥大化させるなんて超簡単なことなんです」

「王ですって、何を馬鹿な」


 悪魔にそのような存在がいるのではという議論は度々起こる。だが有史以来王の存在は確認されていない。そんな存在が何年も私の国にいて、王妃の近衛として働いていた? そんな馬鹿なことがーー


「思い込みは良くないですよ、姫様。さっきだってそう。悪魔が精神生命体であることは知っているのに、正体を表した魔女をちょっと小突いたくらいで勝った気になってたでしょう。泣いたり笑ったり、そんな肉体の反応で勝ち負けを勝手に思い込む。そんなものはいくらだって演出できるのに」


 ゼニーヌが元の、いや、それ以上に気弱そうな顔になる。今の彼女を見れば誰もがこの女性は人とろくに目を合わすこともできない臆病者と思うだろう。その顔を見ているだけで、今なら容易に勝てると根拠のない自信が込み上げてきた。


「と、こんな風に外見から受ける印象なんてあまり当てにならないんですよ。まぁ、こんなお芝居は別に悪魔の専売特許というわけじゃないので、冒険者を続ける気なら今後はもっと気をつけた方がいいですよ」

「我々に今後を用意するつもりがあるのか?」


 悪魔に問うブライス卿の息が荒い。それは私も同じで、その原因についてはできればあまり考えたくはなかった。


「勿論ですよ。言ったでしょう? 私は王。支配する者なんです。私は貴方達を殺したいわけじゃない。そんな簡単なこと、やろうと思えばこの十年間、いつだってできました。でもそうじゃない。私はね、教えてあげたいんですよ。私のものになるということがどれだけ素晴らしいことなのかを」


 空間を支配する甘い香りがその勢力を強める。


「さぁ、理性なんて貴方達には大層なものは捨てて、色欲に溺れなさい。そうすれば今まで貴方達を支配していた肉の苦しみは消え去り、甘い夢のような世界で生きられます」

「生憎と悪魔に与えられる夢なんて興味ありませんね。そんな怪しげな世界よりも私は自分で選ぶ現実を生きます」


 クロウさんに与えられた魔術紋を最大開放する。かつて自分でも感じたことのない力が溢れてきて、それに呼応するようにデビルキラーが金色の光を放つ。


「ほう。面白い」


 獰猛な笑みを見せたラウが刀を構えた。


「おい、殺すなよ。絶対殺すなよ。彼女は僕のものなんだからな」


 ラーズが耳障りな音を出すが、今は彼に構っている場合ではない。


「姫、ここは私が引き受けますので、姫は一旦ーー」

「ダメです。ここで彼女を倒さなければ剣王国に先はありません。ブライス卿、援護を頼みます」


 私は床を踏み砕くほどの力を持って、恐るべき悪魔へと斬り掛かった。

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