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どうか、ありのままの君で  作者: 天宮綺羅
第二章:冥府を飛び越えて
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第二十八話

 

 工房の合間を縫うように入り組んだ道は、緋燿(フェイヤォ)にとって想像以上に楽しいものだった。

 外層の露店は主に食材や手軽に食べれる料理、生活に必要な雑貨、外商向けであろう煌びやかな物が多かった。しかし現在眺めている内層の露店は売ることに重点を置いていないのか、値札も付けずただ成果を見せつけるように置かれている。

 その粗雑な風景を見た緋燿は、自らの力で宝物を発掘する探究心が刺激され、足が早くなるのを止められなかった。

 長台に並べられているのは磁器や絵画を始め、鏡、硯、彫り細工の置物と多種多様。見たことがない物はついつい工房の中まで覗き見してしまうほどだった。

 そんな緋燿に対して工房の人たちは皆、親切であった。、見慣れない客であろうに、工房の中に入ったり作業工程を尋ねてみたりしてもほとんどの人が受け入れる。賑わいながらも和やかな雰囲気は、心や生活に余裕があることを表していた。

 緋燿はとある露店前で足を止めた。珍しい物に肥え始めた瞳が、きらりと光る何かを捉えたのだ。

 一緒に見物していた白叡(バイルェイ)嘉甘(ジャガン)から離れすぎないようにしながらも、緋燿はその露店を覗き込む。木板を土台にして作られた色彩様々な小箱が並んでいる。

 緋燿はその中の一つをじっと覗き込んだ。全体的に黒い箱なのだが、一部分に蝶の模様が刻まれている。その模様が他と違って不思議な色で、光加減で色彩がどんどん変わっていく。漆黒の中で本物の蝶が羽ばたいているかのようだ。


螺鈿(らでん)だな。この土地では珍しい」


 背後からの声に緋燿は振り返る。何時の間にか白叡が背中越しに同じものを見つめていた。


「すっごく綺麗な色だよね。どんな風に塗ってるのかな?」

「確か色を塗るのではなく、貝殻が材料だったはずだ」

「貝殻って海にある?」

「そうだ。貝殻を削り磨くことでこのように細工品として扱われると聞いたことがある」

「海か……見たことないなぁ」


 緋燿はもう一度刻まれている蝶を見る。今にも箱から飛び出し、空へ舞い上がっていきそうな蝶は、地平線の彼方、水の底から生まれた物らしい。

 変化する色彩から目を逸らせないでいると、螺鈿細工の小箱が白い手に攫われる。


「白叡?」


 白叡は手に収まる小箱を無言のまま眺めると、一つ頷いてその露店を出していた工房の中へ入っていってしまった。

 残された緋燿は突然の行動を見送ることしかできず、同じく残された嘉甘を振り返った。嘉甘は驚いた様子もなく、微笑ましげに見つめてくる。

 緋燿が首を傾げていると、すぐに白叡は戻って来た。そのまま緋燿の前までやってくると、先ほど攫っていった小箱が差し出される。反射的に手を差し出すと、手のひらの上に小箱が静かに下された。

 渡された意味がわからず、緋燿は思わず白叡と螺鈿の蝶を交互に見やる。


「次に気になった物があれば言いなさい。……そろそろ時間だ、大堂へ戻ろう」


 しかし白叡は無表情のまま小箱に言及せずに歩き始めてしまった。

 僅かに感じる小さな重み。手のひらでころりと小箱を転がしてみると、変わらず光彩の蝶が漆喰の海を飛んでいた。

 立ち止まっていた緋燿の背に嘉甘の手が添えられる。


「そんなに悩まないで。師匠はただ緋燿に贈り物をしたかっただけですよ。……さあ、行きましょう」


 微笑みながら歩き出す嘉甘に続いて白叡の後を追う。

 垂れ布の中で落とさないよう両手で小箱を包み込んだので、にやける頬を抑えることは出来なかった。






 *****






 大堂の中は錦圭城(きんけいじょう)を丸ごと詰め込んだかのような装飾で溢れていた。

 藤黄(とうおう)の壁色を中心に錦圭城の営みの風景画が描かれており、所々に輝石が埋め込まれているのか前を通るときらりと光を反射した。内装品もひと目見ただけで高級品と分かるほど洗練された品々が飾られている。

 緋燿たちは身なりの整った大堂の案内人を先頭に、目が痛くなるような通路を進み続ける。

 緋燿は約束を取り付けた錦圭城城主はどんな人物だろうと想像する。鬼妖被害が出ていないという部分だけに焦点を絞ればさぞ立派なお方だと思う。しかし実際は鬼妖だけでなく、聖道師までいなくなっている場所だ。城主まで事態の把握が出来ていないとすると、よほど周到で緋燿の想像を遥かに超えた鬼妖が潜んでいることだろう。

 白叡の仇である鬼妖の姿を思い描いていると、案内人の足が止まる。自然と後に続いていた三人の足も止まると、中から声がかかり、扉が開かれた。


「ようこそ錦圭城へ。聖道師の方にお越しいただけるとは、至極恐悦でございます」


 つきん、一角が僅かに疼く。

 正面の文卓から立ち上がった男が、にっこりと愛想の良い笑顔で出迎えた。


(わたくし)錦圭城城主を努めております、姜楓(ジィアンフォン)と申します。立ち話もなんです、どうぞこちらへ。……君はもう下がりなさい。後は私が」


 案内人を退出させると姜楓は広い室内の一角、複数人が囲める卓子へと白叡たちを促した。三人を座らせると棚から茶器一式を取り出し、慣れた手つきで準備をして各人の前へ杯を差し出した。最後に自分の分まで用意し終え、席に着いた姜楓へ白叡が一礼をする。


「急にお時間をいただきありがとうございます。私は聖道師、白迅義(バイシュンイー)と申します。こちらは弟子の白嘉甘(バイジャガン)と緋燿です。……緋燿につきましては衣を被ったままの無礼をお許しください」


 城主と言えど常人の前のため、緋燿は衣を頭から被り、額を見せないようにしていた。

 つきん、熱を帯び始める一角を隠すように衣を抑えながらも、白叡からの紹介に合わせて姜楓へ礼をする。

 姜楓は緋燿の姿を足から頭まで一通り眺めたものの、不快だという態度は現さず、にっこりと正面に座る白叡へと視線を戻した。


「人にはそれぞれ事情があります。聖道師様がおっしゃるのなら私も気に致しませんのでご安心を」

「……ありがとうございます」


 それから白叡は錦圭城にきた理由を城主へ語った。聖道師の失踪者が増えていること。その失踪者が訪れていたのが錦圭城だったこと。緋燿も知っている情報が簡潔に共有されていく。

 一通り事情を告げ終えた白叡は口を湿らすように茶を一口含むと蓋碗を卓に置いた。


「姜城主にも知っていることがあれば伺いたい」

「そう言われましてねぇ。鬼妖が出ないことは事実ですし、たとえ聖道師の方々が訪れていたことが事実だとしても誰がいつ城市に入ったかなど把握することは不可能ですよ。ここは商人も旅者も多い。あなたのように直接会ったことでもない限りは城主である私でも難しいことです」


 緋燿もご主人に倣い蓋碗に口をつける。生温い茶を飲む仕草をしながら城主の様子を窺う。

 己が過剰に反応しているだけかもしれないが、緋燿はこの部屋に入ってから背筋に虫が這うような不快感を感じていた。理由は分からない。


「しかし危険な鬼妖が潜んでいる可能性は十分にあると考えています。信頼あるものだけでも構いません、調査に協力をお願いできませんか。今は被害が聖道師だけで済んでいますが、いつ住民に牙を向けるとも限りません」

「聖道師様がおっしゃるなら協力することは(やぶさ)かではございませんが……果たして本当に鬼妖なんているんでしょうかねぇ。先ほども申しましたが、常駐している聖道師がいないのは必要性がなかったからなんです。普段錦圭城で生活していて危険性など感じたことがないのに、見つけられますかね? ああ勿論、調査は真剣にやらせてもらいますよ」


 この話し方だ。

 白叡が真剣に事情を説明し、危険性を解いたというのに城主である姜楓は真面目に取り合っている雰囲気がない。艶やかな薄笑いを浮かべながら賛同を示すものの、言葉の端々から小馬鹿にしているような、白叡の進言を真剣に受け取っていないように感じた。

 ご主人になんて不快になる態度をとるのだろうと緋燿は不満に思ったものの、嘉甘が口出ししないこと、本人が変わらずの無反応であることから、ぎりぎり悪態をつかずに踏みとどまることが出来た。

 しかし心中に雑言をため込んだせいか、つきんとした一角の疼きが頭に広がっていき熱を持つ。


「では詳しいことは明日話し合いましょう。急なことだったので、今日はこれ以上時間が作れませんでした」


 話し合いが終わったのか、姜楓が話を切り上げて立ち上がった。白叡と嘉甘も同じく席から立ち上がったので、緋燿も席を立つ。

 つきん。とうとう一角の微熱が全身に届き、緋燿は明日の予定を立てる二人から一歩離れた場所で立ち尽くす。


「? 緋燿?」


 同じように一歩引いていた嘉甘が隣で名前を呼ぶ。しかし緋燿にはそれに答える余裕がなかった。


(頭が、角が、熱い)


 今まで気を扱う際にも、一角に熱が灯るような感覚があった。しかしそれは自分から何かをしたいと、力を使いたいと考えたときだけだった。

 しかし現在の一角の熱と疼きは強制的に他者から発火させられているような、制御下にない不快感を感じる熱であった。

 無意識に体が何かを訴えている。力を使えと訴えてくる。眼球の奥がいっそう熱くなった。


(目を、凝らせと言うのか……?)


 目を使った術が発動したのは、以前田快(ティェンクァイ)の村の鬼妖・陳柘(チェンジェア)を元に戻そうとした時だけだ。その時は世界中に満ちる気が糸となって現れた。緋燿は本能にも近い疼きに従い、過去の光景を思い出しながら同じ術を行使しようとした。



 そうして現実の色彩に気の糸が重なって見え始めた瞬間、緋燿は吐き気を催すほどの気色悪さに口を押さえて倒れた。



 受け身も取れずに転がった緋燿に白叡と嘉甘が驚いて駆け寄ってくるのが見える。しかし緋燿は沈み行く意識の中でも、彼から目が離せなかった。

 何百色もの粘ついた糸が不均等な図形を描きながら、何重にも複雑に絡みあう。

 美しかったはずの糸色が混ざり合い、溶け合い、背筋が凍りつくような美しくも不気味な一つの力の織物が彼の中にあった。




(姜楓は、鬼妖だ)




 最後に見えたのは心配げに見下ろす二人の隙間から見えた、妖艶な男の微笑だった。


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