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どうか、ありのままの君で  作者: 天宮綺羅
第二章:冥府を飛び越えて
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第二十五話

 

 宿を出る前に緋燿(フェイヤォ)白叡(バイルェイ)に追いつくことが出来た。

 突然出て行ったのは部屋に居たくなかっただけなのか、現在の足取りは非常に緩やかで隣に並ぶことは容易であった。行きより落ち着いた人混みの中を進む。

 無言の白叡を笠越しに見上げながら、緋燿は退室間際の望准の言葉の意味を考えた。

 隷獣と聖道師の関係性。

 命令するものと、それに従うもの。それ以外に当てはまるものが何かないか考えるとするならば、思いつくものが一つだけあった。


「白叡って、俺のこと息子だと思ってる?」

「……は?」


 足が止まった白叡が、意味が分からないというような訝しげな表情になった。


「あ、いや、前に聖道師は名付け親みたいなものだって言ってたでしょ? 今まで直接聞けなかったけど、命令したくないって言ってたとき、白叡は親として接してくれてたのかな、なんて考えたこともあってさ。さっき望准も隷獣との関係性は一つじゃないって言ってて、じゃあ俺はどうなんだろうって考えると、思いつくのがそれしかなくって……」


 しどろもどろになりつつも、緋燿は考えを吐き出していく。

 白叡は無言のまま話を聞いてくれていたが、緋燿の言が止まったところで道を変えた。緋燿が素直に着いていくと屋台先で何かを買ったようだ。覗いてみると串焼きを何本か包んでもらっている。疑問に思っていると、白叡はそのまま脇道に逸れた。物売りが目立つ大通りと違って人が少ないものの、座るための長床几(しょうぎ)(*折り畳める、または外に置いてある椅子。ここでは外に置いてある椅子のことを指す)などが置いてある。

 白叡はそこへ腰掛けると、隣をぽんぽんと叩く。緋燿は導かれるままそこへ座ると、今度は先ほど買っていた串を差し出された。されるがまま串を手に取ると、そこから香ばしい香りが漂ってくる。

 ぐぅ、と腹が鳴る。そう言えば、錦圭城に入ってからは何も口にしていなかった。白叡は喋ることなく、緋燿の串を見つめている。緋燿はその視線に耐えられず、垂れ布の一部を口元まで捲り上げて刺さっていた肉を頬張った。香辛料が大量にかかっているのか、辛味が舌を刺激するものの、噛み締めると肉の旨味も一緒に溢れ出す。

 緋燿が初めての味に瞳を輝かせていると、白叡がようやく口を開いた。


「私は、緋燿に特別な何かを求めているわけではないんだ」


 口内の物を飲み込み、緋燿が聞き返そうとするとすぐさま違う串焼きも押しつけられた。


(……黙って聞けってことかな)


 串焼きを両手に持ちながら、喋り出さないように再び肉に齧り付く。どうやらそれが正解だったようで、白叡は話を続ける。


「以前、隷獣として命令したくないと言った。……君という隷獣を作っておいて、矛盾したことを言っていると自覚してる。だが命令したくないことも、君に辛い思いをして欲しくないことも全て本当の気持ちだ」


 彼は膝上で両手を組み、握りしめる。慎重に言葉を選んでいるのだろうか、白叡は紡ぐ言葉を一つ一つ噛みしめているようだった。


「他の聖道師のように主従という使い、使われる関係にはなりたくない。しかし緋燿を息子と思っているわけでもない。……緋燿が緋燿であって欲しい。ただそれだけを思っていて、どんな関係を築いていけばいいかなんで、今の私には答えが見えないんだ。……すまない。君が一番混乱しているだろうに、明確に教えてあげられなくて」


 白叡の顔がどんどん辛そうに変わっていく。

 そうしてようやく一つ理解出来た気がした。

 記憶を失い何も分からない緋燿にとって、白叡のそばにいたい、役に立ちたいという気持ちが全てであった。それが隷獣としての本能で、それに従うべきなのだとずっと思っていた。だから田快(ティェンクァイ)の村でも気持ちをぶちまけてしまった。

 しかし、それではいけなかったのだ。


(白叡も、俺と同じだったんだ。俺がどうしたらいいのか分からないように、白叡も分からなかったんだ)


 それでも白叡は緋燿に応えようと、こうして二人の時間を作ってくれた。

 その不器用で温かい優しさに、緋燿の腹は決まった。串を置き、さらに目元まで垂れ布を捲ると、白叡の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「これから考えよう! 一人一人じゃ分からないことも、二人で考えたらきっと答えが見つかるよ! 明確じゃなくても、曖昧でもいい。俺たちだけの関係性を、一緒に見つけよう!」


 言葉にすると、不思議と心が軽くなった。視界が明るくなり、気持ちが前向きになる。


(そうだ。隷獣だからこうあるべきと、ただ流されるだけじゃ駄目なんだ。白叡の為に何かしたいと本気で思うのなら、俺は隷獣であるという本能に重きを置くべきじゃなかったんだ)


 白叡が驚いた表情で、ようやく緋燿に視点を合わる。緋燿は視線を逸さずに待った。

 しばらく沈黙が続いたものの、ようやく白叡の表情に変化が現れる。


「……そうだな。一緒に考えよう」


 不安が解消されたような、解放感があるような、初めてみる安らいだ表情であった。






 *****






 折角買った串焼きを食べ終えるまで、緋燿と白叡は二人並んで座っていた。

 緋燿ばかり食べるのもはばかられたので、今度は緋燿から串を差し出すと白叡は素直に受け取る。


「俺たち、どんな関係になれるかな?」


 穏やかな空気が流れ始めた中、先に口を開いたのは緋燿だった。

 白叡がこちらを見下ろすも、口を挟まないようなのでそのまま続ける。


「考えるって言っても、何にも指針がないと流石に漠然としすぎかなって思って。何か手本とか、目標があると考えやすいかなって思って。ほら、例えば望准(ワンジュン)胡桃(フータオ)とか!」


 今まで見た隷獣が二匹しかいないので、必然的に見習いたいのは胡桃の関係性の方だった。


「あそこまで気安いのってすごいよね。どうやってあんな関係になったんだろう?」


 ご主人であるはずの望准とじゃれあう。言い方を変えると弄んでいるかのような余裕ある態度には驚いたものだった。しかも望准はそれに怒るどころか受け入れていたように見える。緋燿が白叡と出会った当初では想像も出来ない関係性だ。

 白叡は音も立てずに肉を飲み込むと、少し考えるそぶりをしてから口を開いた。


「あの二人は隷獣契約をする前から仲が良かったはずだ。猫だった頃から望准が飼っていて、幼い頃から一緒だったと修行時代に聞いた覚えがある」

「へぇー、だからあんなに仲がいいんだね」

「望准曰く、胡桃の精神年齢は祖父母以上。喋れるようになって口煩さは母親以上だと言っていた」


 あの気安い関係は過ごした年月に起因しているようだ。少々羨ましいものの、親子、祖母子の関係になりたいかと考えると、目指すものとずれているような気がした。頭を振って切り替える。


(目標……なりたい関係性……)


 親子、知人、主従、仲間、愛人。決して形に当てはめたいわけではない。枠に囚われてしまえば、先ほどまでの「隷獣であるべき」というような凝り固まった考え方に染まってしまうだろう。

 しかし白叡に、他者に伝える為には形にしなければならない。緋燿は肉を噛みしめながら考えた。考えて、考えて、そして最後の肉を飲み込んだ時だった。


「あっつ!」

「どうした?」


 思わず一角を押さえた。隣から白叡の声が掛ける。

 灼熱の炎に包まれたのかと思うほどの熱が一角に集まったかと思ったら、一瞬で霧散する。

 しかしその刺激のおかげか、緋燿はなりたいものに一番近い言葉を思い出した。


「……友達」

「緋燿?」

「俺、友達になりたい! 大切だなって、好きだなって思った人と、辛いことも楽しいことも一緒に過ごしたい。隷獣だからでも、命令されたからでもなくて、ただ一緒に……そう! さっき白叡が言ったみたいに俺が俺であるように、白叡もただの白叡として一緒にいられるような、そんな関係がいいな!」


 もやもやした気持ちを形にして伝えると、胸中と頭がすっきりと整ったようだった。

 思わず白叡を見上げると、彼はこちらへ手を伸ばそうとした姿で止まっていた。珍しく緋燿が読み取れるほどの、面食らった表情が浮かんでいる。

 緋燿も思わず固まってしまったものの、慌てて言い直した。


「ごめんなさい! 一緒に考えようって、さっき言ったばかりなのに勝手にどんどん言っちゃって! 友達は俺がぱっと浮かんだことだから、白叡の考えが違ったら」


 だが緋燿が言い切る前に笑い声に遮られた。


(……笑い声?)


 緋燿は今度こそ時が止まったように全身が固まった。

 白叡は無表情こそ常だったが、決して笑うことがなかったわけではない。微笑むことがあれば、不機嫌そうに眉根を寄せることもあった。だかあくまでも表情が僅かに変化する程度に収まっていた。

 しかし今の白叡は上品に大きく口は開けていないものの、過去の姿をぶち壊すほど全身で愉快だと告げていた。

 声をかけられずにいると、その間に白叡の息は整っていく。頃合いを見て、改めて緋燿はおそるおそる尋ねた。


「えっと、やっぱり友達っていうのは不味かった、かな」


 ようやく声を抑えた白叡はゆっくりと首を横に振る。美しい人が、より美しい笑みをを浮かべたまま応えた。


「いいや。私もそれが良い。主人と隷獣ではなく、友になろう」


 賛同された喜びが一気に緋燿の心を満たす。

 緋燿は湧き出す衝動を抑えられずに、勢いよく両腕を天高く突き出した。


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