表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうか、ありのままの君で  作者: 天宮綺羅
第二章:冥府を飛び越えて
25/32

第二十四話

大変お待たせいたしました。

二章開幕です。

 

 いつからだろう、死が怖くなったのは。


 餓死した子供を見た時?

 水死した女郎を見た時?

 火事で丸焦げになった亡骸を見た時?

 化け物に男衆が殺された時?

 隣家の老婆が眠るように死んだ時?

 己より輝かしい生を謳歌する人を見た時?


 死後のことなど知るすべもないというのに、生と表裏一体の世界を思うとても恐ろしかった。


 だから考えた、恐怖を克服するすべを。


 そして、見つけた一つの方法。


 非道、悪、鬼と罵られる方法だとしても、自分の身に死が訪れれば、皆その方法を受け入れる。


 生きることに、人の道、正道など意味がないという証明であった。






 *****






「ここが錦圭城(きんけいじょう)。……大きい」


 緋燿(フェイヤォ)は口が開くのも忘れ、城壁(*城、城市は建物のことではなく、現在で言う街を指す。城壁は街を囲っている壁のこと)を見上げた。首が痛くなるほど壁は高く長い。唯一人が出入り出来る四つの城門の内の一つの前で緋燿は立ち尽くした。


「緋燿、通行の邪魔になる。こちらに来なさい」


 白叡(バイルェイ)の声に緋燿は見上げるのを止める。緋燿が丁度立っていた脇を荷馬車が通り過ぎた。その他にも大きな荷物を持っていたり、複数人で荷車を押していたりと商人と思われる人が大勢城門を行き来している。広い道とはいえ、中央付近にいればぶつかるのも時間の問題だろう。緋燿は素直に白叡のそばまで駆け寄った。

 嘉甘(ジャガン)望准(ワンジュン)胡桃(フータオ)も同じく待ってくれていたようだ。緋燿が合流したことを確認すると、望准を先頭に四人と一匹は錦圭城へと足を踏み入れた。

 城門を潜った先も、緋燿が初めて見るほどの大勢で溢れていた。

 道の両脇は屋台や露店が所狭しと並び、呼び込みの声が飛び交う。店先を覗いてみれば、多種多量の料理を始め、煌びやかな装飾品、艶やかな生地、雑貨など様々なものが並んでいた。初めて見るものも多く、緋燿は時々目移りして足を止めてしまいそうになる。しかし白叡たちの足は止まることなく人混みを抜けていくので、なんとか踏みとどまることが出来た。

 目的を忘れてはならない。

 緋燿は先日の望准の話を思い出す。



 錦圭城。

 昔から城内で作られる装飾品や工芸細工などを外の村や城市に売り出すことで豊かになった城市。

 現在もその伝統は引き継がれ、交易を城市全体の生業としているという。

 そんなに人が集まると、それに比例して鬼妖被害も増えるものなのだが、ここが他城と違う所だった。

「この城には鬼妖など出ない」

 誰が言い始めたのかわからないが、実際に被害の形跡はなく、城市に住む人々も口を揃えてそう言った。しかしそれに納得いかなかった聖道師が錦圭城を訪れた。するとまた不思議なことが起こる。

 錦圭城に入ったはずの聖道師が帰ってこないのだ。

 探しに行った聖道師もいるが、その人も出てきた様子はない。不気味に思った聖道師は商人の友人に調査を依頼したが、その友人は難なく出てくることが出来た。

 友人は言う。何もおかしなところはない。むしろ賑わっていて、楽しくなって出てこないのでは、と。

 しかしその後も、何人もの聖道師が入っても誰一人出てきた形跡がないと言う。

 故に一部の聖道師内で錦圭城は「聖道師を喰う城」と呼ばれているらしい。



「災いあるところに四凶あり」

 錦圭城の状況はまさにそれを示していると望准は語った。

 緋燿は惹かれるものから目を逸らし、彼らの後を追いかける。ひとまず拠点とする宿に到着すると、遠方からの商人や旅者はあまりいないのか、すぐに部屋に入ることが出来た。

 人数的には二部屋はどうかと提案されたが、緋燿たちは四人泊まれる広めの部屋に決めた。室内には人数分の坐榻、間仕切り用の衝立、四角い卓子に四つの(とう)、物を置くのに丁度良い低台など不自由しない調度品が整えられていた。城市内を通った時にも思ったが、錦圭城はかなり裕福な城市なのだろう。

 かつて訪れた田快の村を思い出す。そして先日の望准の話の話を合わせると、その豊かさが反対に不気味さを誘った。

 胡桃は一つの坐榻にひょいと登るとくるりと尾を巻いた。望准が同じ坐榻にどさりと腰を下ろし腕を組む。


「この間言った通り、錦圭城は一部の聖道師内では有名な城市だ。俺はこの状況に四凶が絡んでると睨んでる。危険かもしれねぇが調査は頼んだぜ」


 白叡と嘉甘も荷物を下ろすと坐榻に腰かけるので、緋燿も真似て座る。視界を覆っていた笠を外し、一息ついた。


「分かっている。しかし何故今回はお前が着いて来たのだ?」


 普段望准は情報提供をするのみで現場について来る事はないと言う。だが白叡の鋭い視線も彼には効果がない。胡桃の尾を弄んでは引っ叩かれた。


「今回は嘉甘もついて来た責任が半分くらいあると思ってな。手助け、てきな?」

「だったら最初から聞かせるような真似をするな」

「話を聞いたからには一人銀寒邸(ぎんかんてい)で待つのもはばかられまして……。申し訳ございません」


 おずおすと嘉甘が白叡に謝る。先日話を聞いた後、嘉甘は白叡に何度も着いて行きたいと頼み込んでいた。最初白叡は渋っていたものの、結局同行を許可して今に至る。白叡は嘉甘に弱かった。

 怒った様子ではないものの、精悍な態度で白叡は弟子へ告げる。


「今回は普段連れていく鬼妖退治とは訳が違う。指示を出したらお前一人でも錦圭城から出ること。必ず守りなさい」

「は、はい」

「そう言うなって! だから俺が責任持って嘉甘を守ってやるから、迅義はいつも通り調査しろってこと! あ、今回は緋燿もいるか。頑張れよ!」


 緋燿は「もちろん」と頷いた。

 そして緊張した嘉甘とは正反対の明朗な様子の望准を見て不思議に思う。


「望准は怖くなったりしないの? 錦圭城に入った聖道師はみんないなくなっちゃったんでしょ?」

「いきなり殺されるならともかく「隠れる」「逃げる」だけなら得意分野なの。四凶相手でも嘉甘一人くらいなら無事逃してあげるから安心なさい」


 緋燿は感じたことを尋ねてみると、それに答えたのは胡桃の方であった。落ち着いた様子で前足を使い、顔を擦っている。


「おい、俺も一緒に逃せよ」

「やーよ。嘉甘が危険だと言うなら優先順位は嘉甘が一番。次は緋燿、白叡、最後に坊やを逃してあげる」

「こいつ……!」


 ころころと軽い微笑を浮かべた胡桃を望准は乱暴に撫で付けた。長い尾がべしべしと望准の腕や太腿に叩きつけられる。白叡と緋燿の間にはない気安いじゃれあいだ。緋燿はじっとその様子を見つめながら、思わず尋ねる。


「前から不思議だったんだけど、隷獣って主人に絶対っていうか、従いたいとか、命令されたいって思うものじゃないの? 胡桃って望准に従順じゃないというか、主従って感じに見えないんだけど……」


 隷獣としての本能とは明らかに相容れない関係性だと、緋燿にとっては真っ当な疑問であった。

 緋燿の呟きにじゃれていた手が止まる。一人と一匹の視線が交わったかと思うと、両者は声を上げて笑い出した。

 緋燿はびっくりして白叡と嘉甘を振り返る。嘉甘は同じく笑い声に(しばたた)かせていたが、白叡は無表情のまま両者を眺めていた。

 喉の奥を引きつらせながら望准は立ち上がると、白叡の隣に無遠慮に腰を下ろした。


「前も思ったけど、お前さあ、自分の隷獣にどんなこと仕込んでるわけ? というか記憶が飛ぶと隷獣ってこんなに素直で本心から従属したいとか思っちゃうのかよ。胡桃に見習わせてーわ」

「……この子の性根が真っ直ぐなだけだ」


 白叡は一言答えると、自分の荷物と剣だけを持って坐榻から立ち上がる。


「聞き込みをして来る。嘉甘、今日だけは望准について行きなさい。何かあったら胡桃の術で城外まで逃げて、羅老師を頼るように。望准は責任を持って嘉甘を連れること。あれだけ言ったんだ、必ず守れ。……緋燿、行くぞ」


 緋燿を待つ事なく白叡は身を翻すと、部屋から出て行ってしまった。突然の行動に緋燿は反応が遅れたものの、慌てて立ち上がると笠を手にご主人の後を追う。


「緋燿、白叡にちゃんと聞いておけ! 隷獣と聖道師の関係っていうのは一つじゃないんだぜ!」


 背中越しに望准の声が掛かる。

 緋燿は振り返る事なく短い返事だけすると、階段を駆け下りた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ